友部正人より 
友部さんからのお便りのご紹介です。

1月29日(日)「鮎川誠さん」「パスカルズ」

鮎川くんがなくなったと電話で三宅伸治くんから連絡がありました。お正月の大阪のライブをキャンセルしたあとの
鮎川くんのことは心配でしょうがなかったけど、具体的なことはわからないまま、死の報告はぼくとユミにはかなりの
衝撃でした。「心配かけたくない」と誰にも知らせなかったそうですが、5年間の3KINGSの舞台上でずっとぼくの横で
鮎川くんを見ていられて今思えば幸せでした。そんな風にみんなを幸せにする人だったような気がしています。

 
伊勢真一監督の新しいドキュメンタリー映画「パスカルズ/しあわせのようなもの」のお披露目上映会が日比谷図書館で
ありました。毎年のように新作を発表している伊勢監督、だけど音楽ものは初めてなのでは。
主だった映像は2022年春の、パスカルズのチェロ奏者三木黄太さんをしのぶコンサートから。パスカルズの14人の
メンバーを通して三木さんを知らない人にも三木さんの人柄が伝わる内容になっていてよかった。
上映を見に来ていた約半分のパスカルズのメンバーが舞台挨拶として2曲演奏しました。映像の後に生で彼らの
演奏が聞けたのは生々しくてよかった。伊勢監督の新しい分野への挑戦です。

1月21日(土)「LIVE! no media 2006」

仙台の書店「ボタン」で宮沢章夫さんの本の話をしていたら、宮沢さんが自分のエッセイを朗読をしている
「LIVE! no media 2006」をユミが思い出して、「ボタン」の薄田くんと佐藤ジュンコさんを誘って「うちで
そのDVDを見ようよ」ということになりました。
久しぶりの「LIVE! no media 2006 草原編」はとてもおもしろかった。場所は横浜の今はなきBankART NYK。
みなとみらいの海に面した倉庫です。
宮沢さんは「演劇界から代表でやってまいりました」と挨拶をして、『牛への道』から「スポーツドリンク」という
エッセイを朗読しています。内容を知っているのに笑ってしまう。ああ、来てもらってよかったなと思いました。
銀杏BOYZの峯田くんの即興朗読、女性でただ一人の参加者、ぱくきょんみさんのおだやかな朗読、遠藤ミチロウの
毅然とした言葉と声、谷川俊太郎さんの堂々たる「詩人の墓」、その谷川さんに向けて読まれた田口犬男さんの自作詩。
ああ、なつかしい。本当にこのイベントをやって良かった。そしてDVDとして残しておいて良かった。
他にも平井正也、知久寿焼、石川浩司、オグラ、尾上文、そしてぼくという朗読者たち、そして5時間もの長い朗読会を
楽しんでくれた400人のお客さん。そのうちどこかでこのDVDの上映会もありえるなと思いました。

1月19日(木)「映画会」

ホルンの澁谷さん、火星の庭の前野さんと一緒に4人で映画会をしました。
澁谷さんは山田洋次監督の「息子」を「絶対にこれはおもしろい」と言って、まずこれから上映。
父親の三国連太郎と二人の息子たちの3人家族、父親を東京に引き取ろうとする長男、下町の工場で働く
聾唖の女性に恋する独身の次男、「家で一人で死んで、2、3日発見されなくてもかまわない」と頑固に
田舎暮らしを選択する父親は、自分の思い出とともにこれからも生きていく。
もう一本は横浜から持ってきた「日の名残り」というカズオ・イシグロ原作の、イギリス貴族の執事を
主人公にしたお話。執事を主人公にしたことで時代や恋愛の語られない部分が浮き彫りになって、映画を
見終わってもこの物語は心の中で続きます。まるで執事を真ん中にした世界地図を見るようです。

1月18日(水)「原画」

きのう発売になった直太朗くんの「原画1、2」を部屋でユミと聞きました。
CDが入っているノートブックにはボールペンで書かれた手書きの歌詞。それからイラストも。
一人旅に出た青年が部屋に残した書置きのようです。歌もまたそうでした。

午後は仙台駅前のビルでやっているレコード市にいきました。これもまた楽しい時間。

買いすぎないようにと悩む時間。

1月17日(火)「森山直太朗」

仙台の旭丘駅にある日立ホールに、直太朗くんのソロを聞きにユミと二人で行きました。
一つ手前の台原駅で降りて公園の中を1キロぐらい徒歩で会場に。
ぼくはこの辺りまでランニングで走りに来ることがあります。
開演前に楽屋をたずねたら、直太朗くんも朝仙台の街をランニングをしたそうです。
相変わらず走っているんだね、そういえばがっしりとした足。


ステージには何本ものアコースティックギターが音もたてずに並び、自分の部屋に帰って来たように
直太朗くんが登場して、暗い中でコンサートは始まりました。
どの歌もゆっくりと歌われ、旅に疲れた蝶が蘇生していくかのよう。
グランドピアノでの演奏は林の中の散歩のように一歩一歩考え事をしながら。
そうやって今で聞いたことのある歌が、好きだったいくつもの歌が、直太朗くんの手の中でささやき、
言葉となってほとばしり出るのでした。

1月16日(月)「盛岡で句会」

昨日のコンサートに来てくれた仙台の「火星の庭句会」のメンバーで、「紅茶の店しゅん」の2階を借りて
句会をしました。主宰の渡辺誠一郎さんもコンサートに来てくれるということで、いつもの月例句会を
盛岡ですることになったのです。みんなホテルに泊まってやる気満々でした。

句会の後はみんなでクラムボンに行きました。たまたま盛岡在住の小説家の木村紅美さんがコーヒーを飲んでいて、

火星の庭の前野さんがぼくたちに木村さんを紹介してくれました。昨日のコンサートにも来てくれたそうです。
(ユミは木村さんの本を読んだことがあり、作家との思わぬ出会いに驚いていました。)
そのまま紅美さんもまた腰を下ろしてぼくたちの会話に入り、なんとなく気が合ってクラムボンの近くの
Book Nerdという本屋さんに案内してもらいました。洋書もいろいろあって、LPレコードを小さくかけている
楽しい異空間でした。
前野さんが紹介したい店があるというので、ユミと3人でシルクスクリーンの店「6Jumbopins」に行きました。
ちょうど店を閉めたばかりの店主がぼくたちのためにまた開けてくれて、記念撮影をしてお菓子パンをくれました。
盛岡は小さなお店が街の魅力になっていて、どこへも歩いて行けるのがいいですね。仙台から近いし、
また来なくてはと思いました。

1月15日(日)「クラムボンがわらったよ」

仙台から昼前の新幹線でユミと盛岡に向かいました。会場のおでってプラザではちょうど佐藤さんが
機材の搬入をしていて、すぐにおおはた雄一くんもやってきて、楽屋でリンゴを食べながら新曲の練習。
ぼくが書いた歌詞におおはたくんがメロディを付けた「小鳥谷」という歌です。
コンサートは5時半からで、ぼくがソロで6曲歌い、その後おおはたくんがソロで40分ぐらい歌いました。
休憩ははさまずにそのまま後半に突入。「あの橋を渡る」の中から4曲と「こわれてしまった一日」を
二人でやって、その後新曲の「小鳥谷」を歌いました。
最後は「あの橋・・・」から「ブルース」、このときめずらしくぼくのギターの弦が切れて、
弦を代える間おおはたくんに歌ってもらって、そのままアンコールに。「火のそばに」「水門」を一緒に
演奏して8時きっかりに終演。
 
何か月も前からコンサートの準備をしてくれた盛岡の米山さんを筆頭に、盛岡や仙台の友人たちが
いろんな人たちに声をかけてくれたおかげで、なんと当日はほぼ満席になりました。
コンサートを楽しみにしていてくれた人、手伝ってくれた人、クラムボンの高橋さん母娘、そして米山さん、
どうもありがとうございました。

1月13日(金)「仙台」

一か月ぶりに昨日の夜、仙台にやって来ました。寒くはなく横浜とほぼ同じような気温です。
今日はPAの佐藤ヒロユキさんに盛岡のコンサートで使うギターを託しました。
佐藤さんはぼくたちより1日早く盛岡入りするので、機材を積んだ車にぼくのギターもついでに
運んでもらうことにしたのです。
クラムボンの高橋さんがなくなり、盛岡でライブをしなくなってもう5年になります。
このままではだめだと思い「おでってホール」という小ホールを借りて、おおはた雄一くんをゲストに
盛岡でライブをしようと決心しました。準備期間が長かったので、当日が近づくにつれ終わったような
気分もしています。

1月8日(日)「山口くん」

サムズアップと山口くんとぼくの空き日を調整すると最速で6月だったので振り替えライブは6月になりましたが、
お詫びのしるしとして6月は2Daysやります。
ワクチン接種を3回していてもコロナになった山口くんの症状はだいぶきついようで、この日もベッドから
出られないというメールがきました。
まだコロナにかかったことのないぼくとユミは、山口くんからのメールを読んで、絶対にコロナにはかかりたくないね、
と思うのでした。

大阪からの帰りの新幹線で、1994年に山口くんとやった「待ちあわせ」コンサートの音源を聞いてました。
二人で作った曲が3曲あって、今回はそれを再現する予定だったのだけれど、6月に延期になったので練習する時間が
たっぷりできました。

1月5日(木)「山口洋」

夜、山口くんからユミに「コロナにかかった」と電話がありました。
11日までは自主隔離ということで、9日のサムズアップのぼくとのライブは延期することに。
この後夜中まで、山口くん、サムズアップの佐布さん、ユミの三人の緊急のやり取りが延々と続くことになりました。

1月4日(水)「有山じゅんじ」

この日70歳になった有山じゅんじの古稀を祝うライブが大阪のライブハウスBIG CATでありました。
プロデュースしたのは三宅伸治。
ぼくと金森幸介と三宅くんでお祝いのライブをするのかなと思っていたら、木村充揮、上田正樹、近藤房之介
というシークレットゲストも。
ぼくは有山くんと作った「いつかあの娘がもどって来たら」「涙」の2曲とぼくの「夜は言葉」を有山くんと
二人で演奏して、アンコールは幸介、有山、三宅、ぼくの4人で「悲しい日々」「一本道」「Baby,おまえが好きだよ」
をやりました。その後上田正樹が有山くんのギターで何曲か。すっかり酔っぱらいの様子の有山くんだけど、
ギターはしっかりしているのが印象的。
ぼくにしてはめずらしいお正月のライブでしたが、参加できて良かった。

1月1日(日)「新春の富士」

息子の一穂は妻のひかりさんと平塚に住んでいて、ユミと平塚まで二人に会いに行きました。
お正月には毎年みんなで会って平塚八幡宮に初詣をするのですが、今年は喪中ということもあるし、
一穂のアイデアで4人でランニングをすることに。
郊外の金目川沿いを、富士山を見ながらの30分ほどランです。平塚まで行くと富士山があんなに大きく見える
ことは知らなかったな。快晴の青空につられて富士山がそばまでやって来たみたいでした。
こんな元旦の過ごし方は最高です。