友部正人より 
友部さんからのお便りのご紹介です。

4月18日(日)「吉祥寺 スターパインズカフェ」

東京では久しぶりのソロライブでした。水谷紹くんからギターを持って行ってもいいか、
というメールがきて、紹くんなら大歓迎ですから一緒に何曲かやることになり、リハーサルもやりました。
その後知久くんがお客さんで来るということをユミが開場前に知って、知久くんとも何かやることになりました。
営業時間の短縮でラストオーダーが7時、でも5時スタートだったので7時半までたくさん歌うことができました。
紹くんと二人でやったのは「こわれてしまった一日」と「愛について」。飛び入りの知久くんからの提案で急きょ
二人でやったのは「夜は言葉」。でもぼくが歌詞を覚えていなくて、半分ぐらいがハミングでした。
それから3人で「ぼくは君を探しに来たんだ」を歌って終了。
こんな風に友だちがぼくの歌に加わってくれたらとてもしあわせです。
人数制限した客席もほぼ満席で、結構大変な状況の東京なのにみんな来てくれてうれしかった。

4月17日(土)「高田渡の視線の先に」

高田渡が1972~79年に撮った写真集が、4月16日の命日に合わせてリットーミュージックより発売されました。
息子の漣くんがキャプションをつけ監修もやっていますが、写真の量が多いので大変だったと思います。
渡の周辺にいたミュージシャンの写真が多く、その中にはぼくが撮られているのもたくさんあります。
いつのまに撮っていたのかぼくは覚えていませんが。
他にはヨーロッパの旅の写真、ピラミッドの前に立つ渡はめずらしいです。
非常にかさばる大きさの本だけど、一家に一冊あってもいいような気がします。

4月16日(金)「ボブ・ディラン特集」

カード会社の月間雑誌「てんとう虫」「express」のボブ・ディラン特集号に原稿を書きました。
とはいってもこれは書店で買える雑誌ではないようで、UCゴールドかセゾンゴールドの会員なら
無料で読めます。残念ながらぼくはどちらの会員でもありませんが。

4月14日(水)「街の上で」

ジャック&ベティで「街の上で」という映画を見ました。ユミが見に行くというから、ぼくは何も知らずに
一緒に見に行ったけど、すごくおもしろかった。若い俳優がたくさん出ていて、土砂降りの雨のあとの
レイトショーには結構な人が来ていました。
ジム・ジャームッシュのような会話の間とエリック・ロメールのような人間関係、最近の日本映画にはない、
怒鳴る人の一人も出て来ない映画でした。

4月12日(月)「サドヤワイナリー」

ワイナリーの酒蔵で以前落語会を催したことのある馬場さんがワイナリーの見学を予約してくれて、
サドヤの顧問という方が案内係りでした。旧工場は地下にあってとてもひんやりしていて、
真っ暗で何も見えませんが、すぐに目がなれてきました。
ブドウからワインを作る製作過程に沿って使われてきた古い機械が展示されていました。
ワインは樽からまず一升壜に移されて最低2年は寝かされ、出荷されるときに普通のワインの壜に詰められるそうです。
牢獄のような柵の奥には一升壜の1962年のワインが厚い埃をかぶって寝かされていました。
暗闇から出たときのまぶしさがなんだか懐かしかった。子供の頃にこんなことがあったなあと思い出しました。
見学の後はサドヤのいろんなワインを試飲、おみやげにそれぞれ気に入ったワインを買って帰りました。

4月11日(日)「甲府 ハーパーズミル」

朝日新聞に甲府のワイナリーSADOYAのことが出ていて甲府でライブがしたくなり、ハーパーズミルの坂田くんに
連絡をしてみたら、2年ぶりにぜひやりましょう、ということになりました。
ライブ開始前から真澄さんたち女性3人が打ち上げの料理を楽しそうに準備していて、ライブというよりは
華やいだパーティの雰囲気。
今日のライブは坂田くん製作の3台のギターの共演でもありました。坂田くんと坂田くんのサポートギターの人、
それからぼくの3台のサカタギターはどれもいい音でした。
ずっと歌い続けている人、歌い始めたばかりの人、ハーパーズミルのライブにはいろんな人たちが集まって来ます。
雰囲気がパーティのようになるのは自然なことだと思いました。

4月10日(土)「ピザ」

ゆっくりホテルをチェックアウトして、「正文館」で本を買って、お昼は矢場町の「solo pizza」で
おいしいピザを食べて、「ミュージックファースト」でCDを買って、夕方の新幹線で横浜に戻る、という
理想のコースで今日は終わりました。

4月9日(金)「名古屋 得三」

去年の4月4日の得三ライブのことはよく覚えています。緊急事態宣言でお客さんは少なく、雰囲気は暗く、
でも熱かった。その熱さでこの一年を乗り切った得三は明るさを取り戻していました。音楽の力かな。
お店の営業自体が短縮されているので、休憩時間を入れて2時間のライブでしたが内容は曲数ではないようで、
いくらでもおもしろくできるような気がしました。
食事をしてホテルに戻ってもまだ12時前っていうのがなんだか得三らしくはなかったけれど。

4月3日(土)「仙台本屋時間」

句会の有志と榴岡公園で花見をしました。榴岡公園の枝垂桜はそれはそれは見事でした。
仙台は緊急事態宣言中なので敷物を敷いてお酒を飲むのは憚れますが、7人で静かにワインを飲みました。
武田泰淳が何かで、お酒を飲むと景色がきれいに見える、と言っていたけど、花見にお酒が
つきものなのはそんな理由があったのか、と思いました。

火星の庭の前野久美子さんが中心になって、仙台の本屋さんを紹介する単行本ができました。
タイトルは「仙台本屋時間」。この本は売っているお店が限られているようですが、がんばって
見付けてください。ぼくもニューヨークの本屋についての文章を寄せています。
仙台には本屋が少ないと思っていたけど、これを読むとぼくの知らないおもしろそうな本屋が
あるのがわかります。

3月30日(火)「句会」「中古CDの追加」

参加者の少ない句会でした。主宰の渡辺さんも欠席。それでもやるだけのことをやって11時ごろに解散。
実際の参加者は少なくてもみんな投句はしていて、いい句が多かった。
今夜のお弁当はホルンのカレーセットです。ホルンは今カフェ営業はやめていて、テイクアウトのみに
しているそうです。早く感染者が少なくなるといいのにね。

火星の庭に委託させてもらっているぼくの中古CDが減っていたので20枚追加しました。
最初はダブっているCDとかもう聞かなくなったのとかを置いていたのですが、それも減ってきたので、
今はぼくが大好きで他の人にも聞いてもらいたいものも売っています。
それから、中古LPレコードも少し持ってきたので置いてもらうことにしました。ぜひ見に行ってください。

3月29日(月)「仙台へ」

夕方の新幹線で仙台に来ました。いくらかひんやりしていても、寒くはありません。
仙台はコロナの感染者が急増しているそうですが、街の様子はいつも通り。

3月27日(土)「ホホホ座」

桜が満開の京都、ホテルのある四条烏丸からバスで浄土寺の書店「ホホホ座」に行きました。
道が混んでいて、大変時間がかかりました。
ユミはホホホ座の山下くんの日記を応援していて京都に来ると必ず買いに来ますが、今回で一年分
コンプリートしました。ぼくはオランダの写真家の写真集を買いました。
京大農学部の正門脇の「ムギマル」まで、桜並木の白川疎水に沿って歩きました。銀閣寺あたりは
観光客でにぎわっていました。
初めて来た京都「ムギマル」はそんな観光客の喧騒とは無縁の静けさ。バッハのギター音楽を
LPレコードで聞きながら、すごくいい時間を過ごしました。本当にいいところ。
どうしても慌ただしくなってしまう京都ですが、予定通り夕方の新幹線で横浜に戻りました。

3月26日(金)「京都 磔磔」

心斎橋のホテルから堺筋線で淡路に出て、そこから阪急で京都へというルートが気に入っています。
阪急電車は結構混んでいて、人々のお喋りも普通です。
早めに着いたので、東急ハンズで開催中の中古レコードフェアに行きました。めずらしいのは
なかったけど、値段が手ごろで3枚買いました。
磔磔には、ふちがみとふなとがまたまた聞きに来てくれたので、渕上純子さんにアンコールで
ステージに上がってもらい、一緒に「ブルース」を歌いました。
打ち上げでは磔磔のだし巻きを今年も食べられて良かった。

3月25日(木)「大阪 Janus」

毎年一回この季節にJanusでソロのライブをしていますが、今年もできてうれしいです。
コロナ感染拡大の影響はありますが、ドアを開けっぱなして広々とした会場は気持ちよかった。
制限時間ぎりぎりの9時までやって、アンコールはできなかったけど、休憩時間も入れて
2時間半、たっぷりとやれたと思います。
CDや本を買ってくれた人とも握手しました。「また大阪でぜひ」と若い人から言われて
うれしかった。
今年も5月の春一番コンサートはやらないので、大阪は寂しいですね。

3月22日(月)「帰り道」

横浜に帰る途中、仙台で途中下車して仙台駅のそばにある部屋を見に行きました。もしかして一昨日の地震で何かあったらと思って。
でも家のなかはいつも通りでした。
2月の大きな地震のときも全然被害はなかったので、この建物はほんとに頑丈なんだなとあらためて安心しました。
それからまた新幹線で横浜に戻りました。

3月21日(日)「もぐらや」

雨でしたが、午前中アスパムで開催中の古書展に行きました。
今日のライブの主催の「古書らせん堂」が出店していたからです。
誰かが本を見ていると、それにつられて人だかりができます。
立ち読みをしながら、ぼくも少しは役に立っているのかなと思いました。
 
夜は「もぐらや」でライブをしました。青森でもコロナのクラスターが続いていて、お客さんを集めるのに気を使ったと主催の三浦さんは言っていました。
でも予約してくれた人たちは全員聞きに来てくれました。
配信なしの生ライブ、小さな店なのでマイクも使いません。
自分の声がとてもよく聞こえて、いい演奏ができました。
今年ほど、ライブを実現できて良かったと思ったことはなかったと 
三浦さんは終演時にお客さんに挨拶をしていました。

3月20日(土)「移動日」

太田さんに函館を案内してもらって、午後の新幹線で青森に移動しました。この日はオフでした。
青森についてしばらくして、大きな地震がありました。ホテルの床がななめに2分間ぐらい揺れていました。
震源地は宮城県沖で津波注意報も出ていました。
横浜にいるユミにすぐに電話しましたが、横浜も揺れたそうです。

3月19日(金)「函館市 公民館」

去年のライブが中止になって、2年ぶりの函館でした。公民館は
今回が2度目でぼくのとても好きな会場です。
コロナの関係で会場が8時半までしか使えず、しかも平日だったのでどうしようかと主催の太田さんから相談はされていたのですが、
1時間半あればいいコンサートができるはず、と思ってやりましょうよ、とぼくが言ったのでした。
実際やってみて、休憩なしの1時間半はぼくには十分に思えました。

3月17日(水)「知久寿焼」

横浜のサムズアップで知久くんのソロライブがありました。
元々はぼくと二人のライブの予定でしたが、緊急事態宣言の延長の
せいでサムズアップの終演時間が早まり、5月に延期してもらうことになったのでした。
でも知久くんのライブは見たかったのでユミと一緒に見に行きました。
知久くんのライブは洗練されていて、同じ曲を何度聞いても
やはり初めて聞くみたいに新鮮です。
ライブ中に、アンコールでぼくも飛び入りして何か一曲やることになりました。
それで、アンコールの2曲目に二人で「あいてるドアから失礼しますよ」を歌いました。
一曲だけだったのにぼくはとても楽しくて、もしかしたら聞いてくれたお客さんも5月14日のライブが楽しみになったかもしれません。

3月11日(木)「震災から10年」

東北に大震災が起きたとき、ぼくとユミはニューヨークにいました。息子の一穂は横浜にいて、メールで
あたりの様子を知らせてくれたのですが、実感できないもどかしさがありました。
ニューヨークの家のパソコンで日本のテレビを見ていたときにとても強烈に残ったのが、南三陸の防災庁舎で
最後まで住民に非難を呼びかけていた職員の女性の声でした。
その声はずっとぼくの中にあって、やがて「あの声を聞いて振り返る」という詩になりました。
去年その詩の朗読の入った『あの橋を渡る』というアルバムを発売するとき、仙台に住んでいるアーティストの
瀬尾夏美さんが南三陸の現在の防災庁舎を絵にしてくれて、それをジャケットの表紙にしました。
広々とした今の自然に抱かれてあり続ける防災庁舎の絵は、ニューヨークでしか体験できなかった震災との
奇跡的な出会いとなりました。

3月9日(火)「三宅伸治還暦ライブ」

スターパインズカフェで日曜日からやっている三宅伸治の還暦を祝うライブの最終日に参加しました。
本来なら大勢のお客さんでぎっしりになるはずのところを、緊急事態宣言で観客数を少人数に制限され、
多くの人は配信で楽しむしかなかったみたいです。
それでも会場に来た人たちは普段のコンサートのように立ち上がり、一緒に歌い、三宅くんの長い
音楽家生活をせいいっぱい祝っていました。ぼくは三宅くんのリクエストで「一本道」と「ぼくは君を探しに来たんだ」を三宅くんの今夜のための
スペシャルバンドRed Rocksの人たちと歌い、ぼくにとっても忘れられないライブになりました。

ライブのことでもう一つ。3月17日に決まっていた知久寿焼くんとのサムズアップのライブは、国からの時短要請延長のため
5月14日に延期になりました。

3月4日(木)「横浜へ移動」

夕方の新幹線で横浜に戻りました。新幹線は福島県あたりはまだ徐行運転で、仙台と郡山の間だけ満員でした。
朝晩はまだ0℃の仙台に比べ、横浜は暖かくて二人ともコートは鞄の中。

3月3日(水)「buddy buddy」

一か月以上も休業していたEDENのBuddy Buddyに行って、ぼくとユミと常連の山家さんと3人で飲みました。
店長の間瀬くんもしばらくしてやって来て、頼みもしないのにぼくが大好きな紹興酒の熱燗をお向かいの
姉妹店Asian Tribeから運んで来てくれました。みんな元気でよかった、とお祝いみたいな夜でした。
Asian Tribeでは5月9日にぼくのライブがあります。

3月1日(月)「映画会」

持ち寄りのDVDをプロジェクターでスクリーンに映して少人数で楽しむ。もう何回目でしょう。
元はといえば澁谷さんと夏海さんが二人の喫茶店「ホルン」で、日曜日の営業後に少人数でやっている
上映会にたまたま参加したのがきっかけ。
今夜もぼくとユミと澁谷さんと夏海さんと火星の庭の前野さんだけの小さな会でした。
3月はホルン開店10周年と聞いて、ユミは駅ビルでいちごのタルトを買って持って行き、ローソクを
点してみんなでお祝いをしました。
持ち寄りの食べ物でお腹を満たして、それからじっくりと最低2本は見るので、終わるのがいつも
12時を過ぎてしまいます。ぼくが用意したのは70年代のメルヘンっぽい「フレンズ」、澁谷さんのはアニエス・ヴァルダの
「冬の旅」でした。「冬の旅」の無銭旅行者モナの、死から生まれて死を生きるようなそんな激しい
生き方に衝撃を受けてすっかり眠気もさめてしまい、朝に近い夜の街をユミと歩いて帰りました。

2月27日(土)「近藤聡乃さん特集号」

ぼくも原稿を書いたので掲載誌は横浜の家に送られているはずだけど、先週から仙台にいるので、
駅前の丸善に今日発売になったユリイカ3月号「近藤聡乃特集号」を見に行きました。
土曜日の丸善はかなり混みあっていて、書架の間でユミと二人で立ち読みをするには迷惑な状況
でしたが、かなり読み応えのある内容だと感じました。早く横浜に帰ってゆっくり読みたいです。

現代詩手帖の3月号では、瀬尾夏美さんの絵が表紙になっていました。
東北の震災10年を振り返る内容の特集で、この号のために書かれた瀬尾さんの詩もすばらしいと思いました。
瀬尾さんはぼくのアルバム「あの橋を渡る」のCDジャケットに南三陸町の絵を描いてくれています。
現代詩手帖も横浜に送られてきているので、帰ってからゆっくり読みます。

2月26日(金)「ランニングシューズの問題」

1月に買ったばかりのランニングシューズが足に合わなくて困っています。
同じものを2足買ったのですが、どちらも右足の親指の付け根が痛くなる。
今日は仙台でユミと一緒に走ったので、ユミの意見を聞いてテーピングをしてもらったり、
痛むところに布を巻いてみたりとかなりしんどい思いをしています。長くアディダスの
シューズを履いているけれど、今まで一度も問題がなかったので、ショック。
明日は試しにインソールを変えて走ってみようかと思います。

2月25日(木)「中古CD」

「火星の庭」に委託させてもらっているぼくの中古CDの棚、今日また新たに補充しました。
横浜の家の増えすぎたCDを減らそうと始めたのですが、1年たってもそんなに減らないなあ。
古本屋さんの本が売れるよりも在庫が増えて行くのに似ているかも。

2月24日(水)「句会」

火星の庭で句会がありぼくもユミも参加。
昨日上野から仙台に来る車内で書いた俳句を投句したのですが、書いているときはいいと思った句が、
投句したとたんにすっかり色あせてしまうのはなぜでしょうか。まだまだ人に見せるほどのものでは
ないのかもしれません。

2月23日(火)「常磐線で仙台へ」

13日の地震で運転を取りやめていた東北新幹線ですが、ようやく24日から再開するようです。
それでも運行される列車の本数などが未定だったので、今日常磐線で仙台にやって来ました。
しばらくぶりの旅行で勘が狂ったのか、ユミが上野駅のホームにスーツケースを置き忘れる事件が。
すぐに気が付いて車内の車掌さんに相談したら、スーツケースは上野駅にあったようなので、
途中駅の水戸で降りて上野に引き返さずそのまま特急「ひたち」で仙台に。
スーツケースは着払いで仙台の家に送ってもらうことになりました。

2月13日(土)「豊洲シビックホール」

去年から準備していて楽しみにしていたコンサートが無事に終了しました。
東京都は依然として緊急事態宣言中だったので、入場者数を制限したり終演時刻を早めたりと注意しなくては
ならないことはたくさんありましたがこうして無事に終わってみると、いろいろと手を尽くせばどんな状況でも
ライブはやれると思いました。ここは小さなホールで、音響がとてもよかったです。
前半はぼくとおおはたくん、伊賀さん、芳垣さんとで「あの橋を渡る」からの5曲と「水門」をやりました。
後半の一曲目はぼくと原田郁子さんで「ユニコーン」を歌いました。この曲は2008年にぼくたち二人で作って、
原田さんのソロアルバム「ケモノと魔法」に収録されたのですが、今回初めての共演でした。
それから原田さんの演奏やおおはたバンドの演奏が続き、最後にライブのタイトル曲「歌は歌えば詩になって行く」
を全員でやっておしまい。でも本当はまだおしまいにしたくなかったので、しつこく即興で演奏の続きをしたら
アンコールで来て、時間的にもギリギリOKだったので、全員で「ブルース」を演奏して終わりました。
アンコールの時にはステージの背後のカーテンが開けられて、ガラスの壁の向こうに豊洲の夜景が見られる
という仕掛けでしたが、ぼくは見逃してしまった。たぶん見逃すぐらいに演奏に満足していたんだと思います。
原田さんは久しぶりのバンド演奏にしきりに喜びを表現していました。

そして、なんだか別れがたく楽屋で10時までみんなと歓談。そのあと電車で帰ったのですが、電車から降りて
タクシーに乗って家に着いたら、ちょっとしたものが一つ落ちていて、あれ、地震でもあったのかな、と
ユミが言ってたら、東北で大きな地震だったのでした。ぼくもユミも全く気が付かなかった。

2月7日(日)「休日の公園」

週末の公園は人でいっぱい、初めて来た人や遠くから来た人が多いようで、平日には見かけないようなことを
する人たちに出会います。
今日はそれがランナーでした。30人ぐらいのランナーたちが競い合うように、園内を歩く人たちをかき分けるように
爆走していました。マスクは外しているし大粒のつばを飛ばしまくっています。
ちょっとこれはまずいのではと思い、リーダーらしき人に話しかけてしまいました。
彼らは鎌倉から来たランニングチームで、根岸森林公園は初めてだということ。コロナの緊急事態宣言から1年近く、
この公園の使用を自粛してやめているチームのことも話しました。ランナーというのは公園の利用者にとっては
迷惑なんだなあということがとてもよくわかりました。

2月5日(金)「チチカット・フォーリーズ」

「阿賀に生きる」と同じ「現代アートハウス入門」という企画の最終日で、フレデリック・ワイズマンの
監督第一作という「チチカット・フォーリーズ」を今日もユミと見に行きました。
「現代アートハウス入門」のチラシにワイズマンの名前を見つけて、これは見なくてはと急きょ行くことに
しました。ぼくたちは今までに「ニューヨーク公共図書館」や「ジャクソンハイツ」などを見ています。
上映後のリモート生中継による想田和弘さんのレクチャーはわかりやすく、映画作家の情熱が伝わって来て
とても良かった。想田監督の作品も見たくなります。
それにしてもフレデリック・ワイズマン、すごい。こんな人はどこにもいないだろうな。
ドキュメンタリー映画は人が対等に向き合う方法を教えてくれているような気がします。間にカメラが
あるからでしょうか。二日間続けてドキュメンタリー映画を見てそんなことを考えました。

2月4日(木)「阿賀に生きる」

ジャック&ベティに「阿賀に生きる」をユミと見に行きました。
ずっと前から見たいと思っていて、やっと見られたという感じ。
新潟水俣病のことに関係のある映画ですが、とても心に残るのは食べて行くには過酷な土地で、
生き抜いて来た人たちの明るい表情。
大変だということと生きる楽しさはどうやら別のところにあるものらしいと思いました。
上映の後の小森はるかさんのリモート生中継によるトークも50分あって、現在の若い監督たちによる
ドキュメンタリー映画の源流がこの「阿賀に生きる」という映画にあったんだということがわかりました。

2月1日(月)「2月13日のリハーサル」

2月13日の豊洲シビックホールのリハーサルを出演者全員でしました。
今回はぼくとおおはた雄一くんの二人のライブで、ドラムスの芳垣さんとベースの伊賀さんがバンドメンバーとして
参加してくれます。そこにクラムボンの原田郁子さんがゲストとして加わるという、2時間の枠には収まりきらない
くらいの厚みのある内容です。
原田さんとは彼女のソロアルバムの時に「ユニコーン」という曲を共作して、ぼくも時々自分のライブで歌っていました。
でも原田さんとライブで共演するのは今回が初めて。「ユニコーン」はもちろん一緒にやります。
おおはたくんは現在ニューアルバムのレコーディング中で、当日はその中からも演奏するみたいです。
そしてぼくは『あの橋を渡る』からの曲を中心に歌う予定です。
あいまいな今の日本の状況にくっきりとした風穴を残すライブにしたいです。

1月25日(月)

注文していたレコードプレイヤーが届いた、とヨドバシカメラから電話があったので今日横浜に戻ります。
これからは自分の部屋でもレコードが聞けるのでうれしいです。
この間「火星の庭」のぼくの中古CDコーナー、少し補充してきたので興味ある人は見に行ってくださいね。
うれしいことに中古CDはコンスタントに売れています。そのうちLPレコードも持って行こうかな。

1月23日(土)「伊東卓」

火星の庭の句会メンバーの伊東卓さんの写真作品が宮城県芸術選奨新人賞を受賞して、その展示会をユミと見に行きました。
いつもならモノクロの卓さんのカラー作品がとても良かった。
ホルンは5時で閉店していたけどまだ夏海さんがいて、持ち帰りのカレー弁当を用意してくれました。
家に帰ってから温めて食べたけど、おいしかった。

1月22日(金)「映画会」

ホルンの澁谷さん、夏海さんと火星の庭で恒例の映画会。
澁谷さんの持って来た「女っ気なし」というのが最高でした。映画のワンシーンを待ち受け画面にして毎日眺めています。

1月21日(木)「空に聞く」「buddy Buddy」

そういえば数日前に小森はるかさんの新作ドキュメンタリー映画『空に聞く』をフォーラムに見に行きました。
小森さんの映画でまずはっとさせられるのは映像がきれいなことです。
今回の映画はかさ上げの進む岩手県の陸前高田で震災後からずっと放送を続けて来たラジオのパーソナリティの
話でした。新しい町はまだ見慣れない町だけど、いつか自分たちの街になって行くかもしれない、という
予感を抱かせる内容になっています。
 
この二日間はbuddy buddyで久しぶりにテリーさんに会ったり、常連の山家さんと会ったり、Buddy Buddyの
姉妹店アジアン・トライブでブルームーンカルテットのライブがあって、久しぶりに富永くんとも会いました。
北海道から車でライブをしながら下って来て、仙台が最後のライブだと言っていました。

1月19日(火)「NHK俳句2月号」

1月号と2月号のNHK俳句にエッセイを書きました。リレーエッセイのページで、その2月号が20日に
発売になります。2月号は塩釜の俳人、渡辺誠一郎さんの俳句のことを書きました。
今夜は火星の庭で句会がありました。主宰の渡辺さんは残念ながら欠席でしたが、
集まった9人でお弁当を食べたりお酒を飲んだりしながら、自分たちの俳句を楽しみました。

1月17日(日)「仙台」

昨日の夜から仙台に来ています。気温は3℃、歩道には少しまだ雪が残っています。
これからぐっと寒くなり、火曜日あたりは終日マイナスの気温になりそうだとか、それも楽しみです。

1月15日(金)「退屈」 

横浜にいるときは基本ずっと家にいて、まるで積極的に自粛生活をしているみたいです。
お正月に一穂とひかりさんに会っただけで、一か月間じっとしているとさすがに退屈です。
今月唯一やるはずだった横浜でのイベントも中止になったし。
毎日普通に仕事に行ってる人がいっそうらやましい、と思うときも。
明日から仙台に行くのでちょっと息継ぎになります。

1月6日(水)「明けましておめでとうございます。」

年が明けてからずっと川上未映子の「夏物語」を読んでいました。たった今読み終えたところ。
500ページ以上ある本なのに、読んだところ、だいたい覚えています。
好きな言い回しもたくさんありました。もう一度読みたいけれど、
今はまだ覚えておくことに専念します。