友部正人より 
友部さんからのお便りのご紹介です。

2月4日(火)「アイヌの美しき手仕事」

アイヌの衣装や工芸品を見たくて、ユミと宮城県美術館に行きました。
特に衣装の、あみだくじのような、渦巻き状の模様がおもしろいです。
学芸員による展示説明が聞きたくなりました。柳宗悦と芹沢銈介が収集したものを展示する企画なので、
その二人のことが中心になっていて、肝心のアイヌについては少々物足りなかった。

2月3日(月)「映画会」

火星の庭で、澁谷さん、夏海さん、前野さん、ユミ、ぼくとテリーさんがDVDを見る会をしました。
なんと40年ぶりぐらいに「十九歳の地図」を見ました。これは「ブラックエンペラー」に続く柳町光男監督の第2作です。
公開は1979年。ぼくも新聞配達員として数分出演しています。ただ走るだけなのですが。
それにしても出演者がみんなまだとても若い。当時はだいぶ年上に思えた沖山秀子さんの横顔がとてもかわいい。
そして東京の街はまだきたなくて、誰もがはっきりとした未来を描けない感じ。
なにもかもを爆破してしまいたくなる主人公の気持ちがわかる映画です。

今夜はもう一本、澁谷さんが持ってきた「Daughter of a coal miner」も見ました。
ケンタッキー州の炭鉱町で生まれ育った歌手ロレッタ・リンの物語。ザ・バンドのレボン・ヘルムが炭鉱夫の
父親役をやっていますが、70年代後半の映画なのでレボン・ヘルムもまだとても若くてハンサムです。
ロレッタ・リンの役は「キャリー」のシシー・スペイセク。ロレッタの歌はすべてシシーが歌っていて
とてもいいです。ロレッタの先輩のパッツィ役の人の歌もすばらしかった。

2月2日(日)「ダゲール街の人々」

アニエス・ヴァルダの特集の2本目です。これは1975年の作品でドキュメンタリーです。
たくさんあるアニエスの作品の半分以上はドキュメンタリー映画です。初めての映画「ラ・ポワント・クールト」は
物語だけど、実際にその土地で土地の人たちと共に自然光で撮影をしたというから、元々ドキュメンタリーな傾向の
作家なのだと思う。だからアニエスが50年間暮らしたというダゲール街の人々をこんなにもリラックスした感じで
撮れたのでしょう。「人はいつになったら何でも説明をしたがることをやめるのだろう」というエリック・サティの
言葉に倣えば、アニエスはその最初の人だったのかもしれません。

2月1日(土)「光の穴」

句会のメンバーでもある伊東卓さんの写真展に行きました。正方形の大きい写真が十数点展示されていて、
どれも穴の中から出口の光を撮っています。今日は5時からyumboの澁谷浩次さんと卓さんのトークがあったので、
ギャラリーには人がたくさん集まりました。
今回選ばれた穴はどれも何かに使われた人工の穴だそうです。ユミはなぜ人工の穴ばかりなのかと質問していました。
穴に入って光を撮るという行為そのものがぼくにもおもしろい気がします。光の穴が小さければ小さいほど、
作者は穴の奥にいることになります。そのとき、背中の闇は気にならなかったのかな、と思いました。

1月31日(金)「アニエスによるヴァルダ」「ボブ・ディランのコメント」

2019年になくなったアニエス・ヴァルダの最後の作品「アニエスによるヴァルダ」を仙台のチネ・ラヴィータに
ユミと見に行きました。
これはドキュメンタリーというよりも、アニエス本人による彼女の全仕事の紹介のような作品。
前半は主に長編、短編などの映画作品についてですが、後半のアート作品はぼくの知らなかった世界なので、
一挙に彼女の創造の世界の幅が広がっておもしろかった。
そして最後の、砂浜で彼女が煙となって消えるようなシーン。涙が出ました。

すでにいろんな人のコメントが載っていますが、今日からウドーのホームページのボブ・ディランのページに
ぼくのコメントも載ります。97年にタングルウッドまでディランを見に行ったことを書きました。
ぼくはニューヨークで20年ほど過ごしたので、アメリカでは何度もディランを見に行っていますが、
日本ではまだ3回しか見ていないので、今回の来日公演が楽しみです。

1月30日(木)「今年の春一番」

仙台のE-Beansで今日から始まった古書と中古レコードの市を見ていたら、大阪の春一番コンサートの
福岡風太から電話があって、今年もよろしくとのことでした。ただ、今年で春一番を終了すると言われて、
これは大変ショックでした。最後の春一番、三日間を楽しもうと思います。

1月29日(水)「仙台 句会」

今日から仙台に来ています。
今夜はいろは横丁にあるレストランで新年会を兼ねた句会がありました。
テーブルいっぱいのイタリア料理と11人の俳句が混ざり合っておもしろい夜でした。

1月26日(日)「高松市 オリーブホール」

雨がやんで、高知の日曜市はにぎやかで、ぼくは田舎寿司(たけのこやこんにゃくなどの野菜の寿司)を
買って朝ごはんに食べました。高知駅からバスで高松へ。四国は荷物の多い人には乗り換えのある電車よりもバスが便利です。最初に島津田四郎くんが歌いました。どれもできたての歌のようです。
ぼくはわりと静かな歌を中心に歌いました。主催の佐藤さんが、「今日のライブは良かった。
シャウトなんかしなくても全然いい」とうれしいことを言ってくれました。

1月25日(土)「高知市 シャララ」

半年前に3KINGSで来たシャララでソロのライブをしました。
今日は片岡くんが最初に歌ってくれました。ビールをお代わりしたくなるような元気な歌です。
ぼくはできるだけ静かな歌を歌いました。なんとなくそんな気分でした。
3日間のツアーの2日目なので今日はお酒はやめようかな、と主催の町田さんに言ったら、珉珉に
誘ってくれました。高知新聞の大野さんと3人で餃子やラーメンを食べました。
雨が降っていて、明日の日曜市はどうかな、と言いながら別れました。

1月24日(金)「松山市 スタジオOWL」

俳句とミカンの街に久しぶりにやって来ました。
ライブの会場は前回と同じスタジオOwlです。地元のケーブルテレビでは不審者情報を流していて、お店の高橋さんと、どんな人が不審者なのか
という話になりました。人の顔をまじまじと見るのも不審な行為らしいので、もしかしたらぼくも
そう思われるかな、と思いました。
終演後にお客さんから、今夜は三宅伸治さんも松山でライブをしていますよと聞きました。
ぼくは知らなかったのでびっくりしました。

1月22日(水)「ネオンホール」

長野のネオンホールで久しぶりにライブをしました。
10年ほど前には那覇の桜坂劇場の一階で古本屋をしていた須田さんが、東京で家業の帽子屋を継ぎ、
今回彼の帽子作品を展示販売するという企画に呼ばれたのでした。
企画したのはタテタカコさんと村松晃くんの「感物屋」です。
帽子屋はたくさんあるけど、須田さんの作ったような帽子を売っているところはたぶんありません。
ネオンホールに所狭しと並べられた帽子を見ながらリハーサルをしていて、頭の部分がでこぼこの、
つばのある黒い帽子に目が行きました。
でもライブの後に買ったのは、フランス軍のテントの布で作ったというほとんどつばのない帽子。
とっても気に入っています。
今夜はタテさんが客席で聞いていたので「地獄のレストラン」を歌いました。
この歌ができたばかりの頃、真っ先に好きだとタテさんが言ってくれた歌だったので。
オープニングで演奏した金馬車の、地下室を掃除する歌がいいなと思いました。

1月20(月)「石の立体作品」

メキシコで石の彫刻を制作する奥村浩之さんの個展を銀座のギャラリーに見に行きました。
大きな作品が三つと、手で持てるぐらいの作品が五つぐらいありました。
石は小さくても大きくても同じように存在感のある素材です。石そのものが生き物のように。
そんな石と毎日過ごせるような暮らしがしたくなります。
だけど立体作品は空間と一緒に見なくてはならないので、大きな空間のある暮らしが必要です。
そんな大きな空間のある、奥村さんの暮らすメキシコまで行ってみたくなりました。
30年もメキシコで暮らしている奥村さんは、これからもメキシコで暮らしたいそうです。

1月17日(金)「風知空知」

マヒトゥー・ザ・ピーポーと下北沢の風知空知でライブをしました。
前回六本木で一緒にライブを一緒にしたとき、ぼくの歌にエレキギターで参加してみたいと
言っていたことを覚えていたみたいで、今日はその準備をしてきてくれました。
最初にマヒトくんが歌い、休憩の後にぼくが同じぐらいの時間歌いました。
アンコールではマヒトくんと一緒に「誰もぼくの絵を描けないだろう」「朝は詩人」「一本道」、
それとマヒトくんの歌「 Wonderfull World」をやりました。
初めてこの歌をCDで聞いてから、ずっと頭から離れなかったのですが、
今日一緒に歌ってぼくの頭も納得してくれたみたいです。
きっと一緒にやってみたいという印だったのです。

1月14日(火)「映画会」

今日は渋谷さんのお店「ホルン」で閉店後に映画会をしました。今夜はぼくとユミと渋谷さんと火星の庭の前野さんの4人です。
2本合わせると5時間以上でしたが大きな画面で見るDVDは面白くて、仙台に来たときの楽しみとなっています。
今夜の映画は「マーガレット」と「エスター・カーン めざめの時」の二本でした。
そろそろ明日には横浜に戻らないとね。

1月13日(月)「録音」

先日リハーサルをしたパルシティの音楽室で、ピアノの渋谷さんと2曲録音をしました。
そのうちの1曲はパルシティに部屋を借りたばかりの4年前に作った「モスラ」という歌です。その頃の
仙台駅東口の印象が歌われています。まだ駅ビルの中の東急ハンズがオープン前のころです。

 1月12日(日)「クラムボン」

録音エンジニアの佐藤さんとプロデューサーのユミとぼくで、仙台から盛岡のクラムボンに
向かいました。クラムボンの高橋さんが去年の元旦になくなってから初めての盛岡です。
今回はライブではなく、高橋さんのことを歌った歌をクラムボンで録音するために行きました。
13日に盛岡でライブの予定があったおおはた雄一くんも一日早くやって来て、ギターで録音に
参加してくれました。
高橋さんの奥さんの美知子さんには初めてお会いしたし、娘さんの真菜さんやデザイナーのれいくん、
クラムボンのスタッフの米山くんが協力してくれました。
たまにお店の前を通るバスの通過には気を使いました。ユミが「バス待ち6分」なんて言って、
バスが通過するのを待ってから録音を続けたりしました。
お昼に到着して夕方までに録音は終了。カレーをごちそうになり、おみやげまでいただいて、
ぼくたちは佐藤さんの車で仙台に戻りました。

1月10日(金)「リハーサル」

昨日の夜、仙台に来ました。
仙台のパルシティの音楽室で、yumboのリーダーの渋谷さんとリハーサルをしました。
渋谷さんはピアノ、ぼくは歌とギター。
1時間の練習の後は火星の庭に移動してプライベートの映画上映会。プロジェクターで持ち寄りのDVDを
何人かの仲間と見るのです。
これは仙台で覚えた楽しみ。今夜は「海街ダイアリー」と「牧童と貴婦人」の二本でした。

1月9日(木)「新春絵付け展」

横浜のギャラリーアークの「新春絵付け展」が今日から始まりました。
やはり初日は訪れる人が多く、作品はみるみる売れて行きます。ぼくもユミもたくさん買いました。
今回は買いやすい値段設定なので最終日の1月18日までいくつぐらい残っているかが気になります。

1月8日(水)「打ち合わせ」

編集者の井口かおりさんに品川で久しぶりに会って、本の打ち合わせをしました。長いこと
会っていなかったので、井口さんはぼくとユミに会うのに少しどきどきしたそうです。

1月5日(日)「三浦七福神ラン」

横須賀のランニングチームの呼びかけで三浦市に走りに行きました。40人ぐらいが参加しました。
三崎口駅で集合して、三浦市の七福神を走って巡る25キロぐらいのランです。
途中の三崎港でミサキドーナツに寄って藤沢夫妻に会い、2時半からかもめ児童合唱団のライブが空き地であることを知り、七福神をひと巡りした後に行ってみました。
横浜の家にいたユミにも連絡をしたのでかもめのライブで合流して、そのまま夜おそくまで藤沢くんや
三浦の人たちとミサキプレッソで飲みました。
かもめの少女たち、帰り際にそれぞれ「友部さん、さようなら」とあいさつしてくれて心に残りました。

1月4日(土)「手袋」

元旦になくした手袋のことが気になって、トイレを借りた本牧のコンビニに行ってみたら、
店員が見つけて保管してくれていました。懐かしいものにまた再会したという感じ。
なくしたものがまた見つかる年になればいいな。

1月3日(金)「生田」

生田に住んでいるユミの妹家族の家にお年始に行きました。
4人家族全員で歓迎してもらい、おせちやお酒をいただきました。
延々とおしゃべりしただけなのに楽しかった。

1月2日(木)「平塚」

息子の一穂夫婦と平塚八幡宮に初詣。
神社内の神様を巡る御朱印ラリーがあって、遊びっぽい神社でした。
神社の池ではアヒルが鴨に意地悪されていました。

1月1日(水)「初詣」

あけましておめでとうございます。
毎年年末に丹波篠山から送ってもらう極上の黒豆をユミが煮て、今年もおいしく食べました。
それからふたりで根岸八幡に初詣して、そのあと本牧通を歩いていてぼくは手袋をなくしました。
それが今年の始まりでした。