友部正人より 
友部さんからのお便りのご紹介です。

8月15日(木)「名古屋 得三」

3KINGSは去年の9月に台風の影響でライブが中止になったことがありました。
今回は台風の心配をよそに、得三に集まった満員のお客さんたちのパワーが台風10号を上回っていたようです。
台風は短命だけど、ものすごい力で雲を遠くまで撒き散らします。
3KINGSの音楽も台風に似ていると思います。
共に楽しめば台風も3KINGSも楽しいかも。
今夜も茜さんが後半の4曲とアンコールの「サティスファクション」でドラムを叩きました。
そして「こだわり」では鮎川くんがベースギターを弾きました。レコーディングではこの曲だけ
鮎川くんがベースを弾いたので再現したわけです。三宅くんもドラムの入った曲でベースを弾きました。
普段は小さめのぼくのギターアンプもつまみが5まで上がっていました。
 
ライブの後、得三の姉妹店のOpen Houseで、三宅くんが自分の集めているSP盤を聞かせてくれて、
すっかりDJになっていました。あんなにうれしそうな三宅くんは初めて見た。
音楽を演奏した後に好きな音楽を聞いて打ち上げをしたのが素敵でした。
それにしても得三からopen houseやホテルまでは歩いてすぐそばなのに、ものすごい風で傘を2本も
壊しました。でもユミが差していた傘は折れなかったので自分のせいだったのかなあ。

8月14日(水)「ニューヨーク公共図書館」

フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画を横浜のジャック&ベティにユミと見に行きました。
4時間の長い映画なのでそんなに混まないだろうと思ってたら、チケット番号を見てびっくり。
ぼくは98番目で、もういい席はないなと諦めました。
ニューヨーク公共図書館の本館やミッド・マンハッタン・オフィスは一時毎日のように行っていたので、
映画を見ていると今でも自分がニューヨークで暮らしているような気がします。
図書館はただの書庫ではないという観点で、地域とのいろんな活動が描かれていました。
映像が本館からあちこちの分館へと切り替わるので、ニューヨークに土地勘がない観客だと混乱するかも。
説明もほとんどありません。
図書館の予算の半分は市からのものですが、後はすべて寄付で成り立っているNPO組織だそうです。
映画館や放送局や劇場など、ニューヨークには寄付で成り立っている公共の組織がたくさんあります。
(NHKも受信料ではなく寄付で運営すればいいとぼくは思っているのですが、日本は寄付文化があまり盛んではないので無理かなあ。)
だから映画で繰り返し出てくるシーンは図書館の運営についての会議の模様です。
あとはリンカーンセンターの図書館での詩人や作家の朗読など。
こういう内容で飽きないのはフレデリック・ワイズマンの力量なのでしょう。

8月11日(日)「京都 磔磔」

三宅伸治くん毎年恒例の「真夏の夢」に今年も3KINGSで出ました。
磔磔は2年前に3KINGSが誕生した場所で、このイベントは里帰りでもあります。
2年前に初めて3人でセッションしたときのことをもう一度思い出して、今日はアンコールで磔磔の
オーナーの水島くんに「Love In Vain」と「Like A Rolling Stone」でドラムを叩いてもらいました。
それからアルバム「王様のノイズ」のレコーディングでドラムを叩いた茜さんが後半4曲でドラムを叩き、
ライブでは初めて共演しました。「ガソリンタンク」と「ほら吹きイナズマ」で三宅くんがベースを弾いたのも新鮮でした。
3KINGSは今日で3年目に入り、そんな新しいことにも挑戦し始めています。

 

8月10日(土)「遠藤ミチロウ追悼号」

待っていたユリイカの遠藤ミチロウ特集号がようやく発売されました。
表紙から裏表紙まで、285ページすべてがミチロウです。
ユリイカでこんなに分厚いのはめずらしいのでは。
ぼくも文章を書いていますが、ミチロウとはお互いまだ20代のころから付き合いがあったので、
もう会えないのは寂しいです。

8月6日(火)「Tribe called Discord」

横浜シネマリンでGEZANのアメリカツアーのドキュメンタリー映画をユミと見ました。
GEZANのボーカルのマヒトくんとは先月ふたりで共演したばかりですが、GEZANというバンドは
一度も聞いたことがないまま、映画を見ました。
バンドメンバー4人とこの映画を撮った監督の5人のツアーです。
ライブをやる場所は決まっていたみたいですが、宿泊は行った先で出会った人に泊めてくださいと直接交渉。
こんなことができるんだなあ、と思いました。西海岸だからかなあ。
パンクという言葉が何度も出てきて、GEZANも現地のお客さんもパンクらしいけど、そういったつながりは特別なことなのでしょうか。いろいろおもしろいなあと思いました。
何よりも若い5人の生なアメリカ体験がとてもよく撮れていて、帰国後の後遺症もよくわかりました。
行く前の空想のアメリカと実際のアメリカでは全然モノが違うということをぼくも体験していたから。
空想のアメリカは日本のなかにしかないということ。
GEZANの音楽については、ぼくには懐かしい感じでした。
先月マヒトくんとライブをしたとき、出て欲しいなと誘われてうれしかったけれど、スケジュールが
合わなかったので次回に「全感覚祭」にも行ってみたいです。

8月4日(日)「広島市 オーティス」

原爆慰霊祭を二日後に控えた広島は福山と同じように焼けるような暑さでした。
早めにオーティスに行きランチのひよこ豆のカレーを食べました。暑いときは毎日カレーでもいいと思う。
壁に貼ってある今日のライブのチラシには6時開場と書かれていて、あれっ、そうだったっけ、と思い
友部正人ホームページの時間を調べてみると5時になっていました。オーティスの佐伯さんと
メールでやり取りしていた時にどちらかが間違えたんだと思います。
開演を30分ほど遅らせて6時半からライブが始まりましたが、7時だと思って早めに来た人でも開演に
間に合わなかったことになり、本当に申し訳なかったなあと思いました。

8月3日(土)「福山市 ポレポレ」

焼けるような暑さでした。商店街では大勢の人たちが日暮れの縁日を楽しんでいました。
土曜日ごとに開かれているそうです。
CDショップの半額コーナーを見ていたら、すぐ前でやっている射的の列が店の中まで入って来て、
お店の人も「どうぞどうぞ」ととても友好的。
ポレポレは音がいいので毎回ライブをするのが楽しみ。音がいいとギターがうまくなった気がします。
外の縁日の音が聞こえるように、ライブの音も外に聞こえていたようです。しばらくすると外が
静かになり、縁日がライブよりも先に終わったのがわかりました。

8月2日(金)「徳島市 寅家」

真夏の徳島は初めてかも。
どこからか太鼓や笛が聞こえます。阿波踊りの練習だそうです。でも姿は見えません。
船着き場では遊覧船が客待ちをしています。一回乗船すると300円だそうで、
乗ってみたいなと思いました。
今夜は寅家でライブをしました。
寅家の岡本くんが、今日はキャンセルの電話が何本もありました、と言います。
暑さのせいだそうです。それでもまあまあの数の人が来てくれました。
ライブの後のノンアルコールビールがうまかった。

7月30日(火)「ボタン」

「ボタン」という本屋があって、いま佐藤ジュンコさんの個展をやっています。
佐藤ジュンコさんもやはり自分の暮らしを発信する人で、そうやって発信することでその人の人柄が見えてきて、
とても味わいがある絵と言葉です。
「ボタン」は小さな本屋ですが中身のつまった本屋です。ユミとぼくは何冊も買いました。
仙台にはいい本屋がいろいろあっておもしろいです。

7月29日(月)「句会」

7月の火星の庭定例句会、ぼくは参議院選挙で当選した石垣のりこさんのことを書きました。
「子供らが石垣のりこ受かったよ」というのです。ずいぶんストレートだと、主宰から言われました。一つも点ははいらなかったけど。
入院しているテリーさんは俳句で病院の暮らしを教えてくれました。
みんな自分の暮らしの中から俳句を運んできて、おもしろいと思います。

7月27日(土)「仙台の街角から 4回目」

今回のゲストはパスカルズのロケット・マツでした。マツは妻のたまきと前日から仙台に来ていて、
一緒にライブ会場の「センダイコーヒー」の下見をしたり、すぐ近くの喫茶「ホルン」をのぞいたり、
閉店後の「火星の庭」で軽くリハーサルをしたりしました。
マツは40年ぐらい前からの音楽仲間で、かかわりは長く、一緒にできることはいろいろあるのですが、
今回は共作をしたミュージカル「100万回生きたねこ」の挿入歌2曲やパスカルズとしてレコーディングに
参加してくれた「歯車とスモークド・サーモン」の中の「あの頃」などを中心にしてライブをしました。
たまにパスカルズと一緒にやっている「シャンソン」や「こわれてしまった一日」とかも。
ロケット・マツとしかできない曲を仙台まで来てもらって一緒にやれて良かったと思います。

7月25日(木)その2.「嵐電」

仙台のフォーラムで「嵐電」を見ました。今日が最終日でぎりぎりでしたが
見られて本当に良かった。
横浜での上映もスケジュールが折り合わず見られなかったので。
嵐電という電車は四条大宮から西の方へ行く電車のようで、あまりそちらに行くことのないぼくは
まだ乗ったことがありません。でもこの映画を見たらとても乗りたくなりました。
帷子の辻という駅にも行って見たくなりました。
現実が夢と交差するようなそんな映画です。七面倒なところのない、誰でも乗れる嵐電のような映画。
おもしろい映画を見た後は帰り道が楽しい。
夜の最終上映だったので、家についてからもずっとユミと話したりしてずいぶん遅くまで起きていました。

7月25日(木)その1.「マルモパン、マゼランなど」

仙台の晩翠通りを歩いていて、前から話には聞いていたマゼランという古書店を見つけました。
入ってみるとおもしろい本屋だとすぐにわかりました。
なんと句会の主宰渡辺誠一郎さんの最初の句集「余白の轍」があって、すごくラッキー。
ユミも何か買って二人でうれしい袋を下げて店を出ました。
仙台パルコ2の裏の朝市に行ってみました。新寺こみち市で知り合ったマルモくんがパン屋をもうそろそろ開店しているかもしれないと思ったからです。
マルモパンはちゃんとありました。7月3日に開店したそうです。ぼくたちに連絡をしたかったけど、
開店直後で忙しかったー、とか言っていました。彼の焼くパンは食事の時の必需品という感じがします。おいしいとかの基準を超えていて、いつも
ニューヨークで食べていたシンプルなパンを思い出します。日本のパン屋にはなかなかない味。

7月20日(土)「えんとこの歌」

今日から横浜ジャック&ベティで伊勢真一監督のドキュメンタリー映画「えんとこの歌」が始まりました。
ぼくはこの映画の中で遠藤さんの短歌を朗読しています。
今日は上映後に伊勢さんとぼくのトークがありました。
「えんとこの歌」は24時間の介助を必要とする遠藤さんの毎日と遠藤さんの短歌が主役ですが、
介助の仕事を経験したことのないぼくは、喋ることから排便まで人間が生きていると必要なことの
すべてを介助する若者たちの仕事ぶりから目が離せませんでした。ジャック&ベティでの上映は2週間の予定で、8月上旬まで続きます。

7月19日(金)「詩種(うたたね)」

マヒトゥ・ザ・ピーポーと初めてライブをしました。
場所は六本木の妙善寺というお寺。六本木ヒルズのすぐ横にあるお寺なのに入り口が分かりにくく、
だからお客さんがちゃんと来られたのが不思議です。
マヒトくんの歌の言葉には情景がしみ込んでいて、そこから広がっていく景色は美しい。
ブーメランのような声の物語でした。
お寺でのライブはたまにあるけど、共通しているのはお客さんが床に座ること。
誰かの家みたいでライブという感じがしません。
それぞれ40分ずつの演奏の後、アンコールは二人で「夕暮れ」と「朝は詩人」をやりました。

7月17日(水)「大阪 Janus」

3KINGSが大阪へやって来た。年の春一番以来2度目です。
曲目は高松、高知とほぼ同じでしたが、今日は新たに「暴走列車」という曲を
初めて演奏しました。「王様のノイズ」の録音の後にできた3KINGS用の曲です。
「ぼくは君を探しに来たんだ」では最後に鮎川くんがギターを弾くのですが、
今日はそのギターが特別ぐっときたとユミが後で言っていました。

7月16日(火)「高知と大阪でオフ」

今日はオフで、ぼくとユミと三宅くんは大阪に移動、鮎川くんたちは高知でもう一泊することに。と
高知は雨雲に覆われていたけど、瀬戸内海には久しぶりの青空が広がっていた。
瀬戸大橋から眺めると瀬戸内海の景色は天国のようだと思いました。

7月15日(月)「高知市 シャララ」

高松から高知へは鮎川くんのサポーターの人たちが運転する車2台で移動しました。
高松を出る前にうどんを食べました。お昼時で待つ人たちが長い列を作っていて、ぼくたちも並びましたが、
うどんはおいしくて並ぶだけの価値がありました。
そのせいもあって高知には1時間近く遅れて到着。でもリハーサルは開場時間までには終わりました。
開演までの1時間をずっと待った満員のお客さんたちの、3KINGSが登場したときの歓声はなかなかでした。
これぞ王様のノイズです。(アメリカでは司会者が演奏の前に「Make a noise !」と客に呼びかけます。)
今夜の3KINGSの音は会場には収まりきらず、建物から100メートル離れた裏道でも飛び跳ねていました。

7月14日(日)「高松市 オリーブホール」

3KINGSの四国初ツアー。その一日目は高松のオリーブホールでした。天井の高い空間の大きなホールです。
テーブルを囲むようにお客さんが座り、もしテーブルに食べ物があったらザ・バンドの映画「ラストワルツ」
のような雰囲気になったでしょう。
「王様のノイズ」からの曲が続いた後にみんなが知っているような曲をやると、演奏しているぼくたちも
リラックスするしお客さんも楽しんでいるのがわかりました。いい曲順だと思いました。

7月11日(木)「マツとリハーサル」

7月27日に仙台でロケット・マツをゲストにしてライブをします。
今日は下北沢でそのリハーサルをしました。
ロケット・マツは今までたくさんのアルバムに参加してもらい、「歯車とスモークド・サーモン」では
マツのやっているパスカルズ全員が何曲も参加してくれました。
また森山未来、満島ひかり主演のミュージカル「100万回生きたねこ」でもマツが書いた曲に
ぼくが歌詞をつけました。
NHKの収録やぼくのさまざまなライブにも参加してくれたりと、もう40年近い音楽仲間です。
27日は今までの二人の活動の中から選曲してライブをします。
二人だけのライブは初めてのことなのでぼくも楽しみです。

7月7日(日)「下北沢音楽祭」

もうずっと七夕は毎年雨、とユミはため息をつきます。
雲の上では天の川のほとりで出会っていても、地上からは星は見えません。
雨の中、下北沢のガーデンに行きました。
Mojo Clubと3KINGSとシーナ&ロケッツのライブ。Mojoとは久しぶりで、ぼくは「ゆーうつ」を一緒にやり、
鮎川くんは彼らと「バックしよう」をやりました。
3KINGSは全部で11曲。普段は3KINGSでもやるシーナ&ロケッツの曲は最後に本人たちがやるので、
今日の3KINGSはぼくの歌が多かった印象です。
「レモンティ」は本家のロケッツのスピードの方が断然にかっこいい。3KINGSのはわりとゆっくりです。
早い時間に始まって9時ごろに終わったコンサートなのに、打ち上げでゆっくりしすぎて電車がなくなり、
ぼくとユミは横浜までタクシーで帰りました。

7月5日(金)「長野市 ライブハウスJ」

4か月ぶりの3KINGSのライブが長野市のJというライブハウスでありました。
3月13日の発売日に渋谷のBYGで「王様のノイズ」全曲を披露して以来初めてのライブ。
だからリハーサルはたっぷりやりました。
しばらく乗ってなかった自転車がするすると街を走り出した感じ。乗らなくてもさび付いたりは
していなかった。
Jはステージ前にどすんという感じの鉄のバーがあって、スタンディング向きのライブハウスですが、
今日は椅子を用意してくれて、やや高齢化の3KINGSのお客さんにやさしかった。

6月28日(金)「リクエスト大会」

毎年吉祥寺のスターパインズカフェでやってきた「リクエスト大会」を、今年は南青山のマンダラでやってみることに。
(スターパインズカフェは半年前に連絡しても週末はもう全然空いてなくて、ライブができない状態です。)
火曜日には病院に行ったし、声はほぼ復調していたけど普段ほどの持続力がありません。
今日は地味で静かな曲のリクエストが多かった。1部に11曲、2部に9曲、アンコールで3曲の合計23曲歌いました。
リクエスト曲の書かれた紙を中の見えない箱から一枚ずつ引いて歌っていくので、リクエストが多かった曲でも、
歌えなかったりします。「朝は詩人」なんかはそうでした。
2部になると声が疲れてきて高音があまり出なかったけど、PAの人が録音してくれたCD-Rを後で恐る恐る聞いたら、
演奏は割と良かったので安心しました。
お客さんで聞きに来てくれた水谷紹くんが飛び入りで2曲、コーラスで参加してくれました。
ギターがないので「こわれてしまった一日」はギターのフレーズを声で演奏して、それがとてもおもしろかった。
まるで「時々自動」の演奏みたいでした。

6月24日(月)「声がおかしい。」

昨日のリハーサルでなんだか声がいつもと違うなと感じていたけど、一夜明けたらそれがひどくなっていて、
かすれてちゃんと声がでません。
ライブの後飲みすぎたというわけでもないのに、まるで飲みすぎて喋りすぎた後みたい。咳が出るので風邪かも。
夕べは松本のふあ先生の家に泊めてもらったのですが、ふあの奥さんの涼さんが東京に行く用事があったので、
一緒にあずさに乗って横浜に戻りました。

6月23日(日)「叶屋」

仙台にユミを残して昨夜横浜に戻り、今日は長野県の地酒処「叶屋」ライブです。
「叶屋」でライブをするようになって今年で12年になります。
横浜から八王子に出て、そこから特急あずさで岡谷まで行き、そこから飯田線に乗り換えるのが
去年までの行き方。今年からあずさが岡谷に止まらなくなり乗り換えの回数が増えました。
飯田線はほとんどの駅が無人駅です。駅に着くたびに車掌がホームで切符を受け取ります。
全力で走って出口で切符を受け取る車掌が夢に出て来そう。「叶屋」に着くと主人の倉田さんが「空気が湿っているから夕方降りますね」と言いました。
お客さんはライブの前や休憩中に外で地酒を飲んだりします。雨だとそれができなくなるのかな。
いつものように4時から始まったライブは、今年も7時前に終わりました。
歌ったぼくもそうですが、聞きに来てくれた人たちも満足そうで、それがぼくには一番うれしいお酒です。

6月21日(金)「マダガスカル」

火星の庭で、30年間マダガスカルの写真を撮り続けてきた堀内孝さんと画家の牧野伊三夫さんの
講演がありました。堀内さんが撮った写真を見ながらのマダガスカル旅行。
バオバブの木は人が横に10人並んでもはみ出すぐらいの太さで、そのくせ高さはそんなになくて、
おもしろい外国語のような木だと思いました。
休憩時間にはマダガスカルの鶏肉のスープとご飯が出て、おいしかった。
2部は「海を撃つ」という福島の原発事故に関する本を今年みすず書房から出版した安東量子さんの
トーク。ユミは自分の読みたい本のリストにこの「海を撃つ」を入れていたそうで、終了後には
本を買って安東さんからサインをもらっていました。

6月20日(木)「句会」

18日の夜から仙台に来ています。
 
山形の地震、仙台でも結構揺れました。
今夜は仙台のぼくのアパートで句会が開かれました。渡辺誠一郎主宰が直前になって来られなくなり、
そのほかにも不参加のメンバーが結構いて、子供だけが取り残されて生きていかなくてはならない家族のようでした。
一応選句だけはして、後は飲み会というような句会になりました。
最近仙台のうちのすぐそばにセカンドハウスを借りた東京の山家さんという友人が、句会見学でゲスト参加しました。

6月15日(土)「新良幸人」

毎年沖縄の慰霊の日に合わせてやっているという新良幸人くんのコンサートにゲストとして
初めて参加しました。新良くんはぼくの息子の一穂の小学生の頃からの友達です。
ぼくより17歳年下ですが、新良くんより年下の新しい歌い手たちからはお手本として
慕われている人。確かに歌にはほかの人にはない魅力があり、ソウルシンガーのようで、
三線もロックギターのようです。
バンドでの演奏はCDで聞いていたけどソロを生で聞くのは初めてで、歌の力にとても感心しました。

6月14日(金)「那覇市 桜坂劇場」

桜坂の野田さんから声をかけてもらい、2年ぶりの那覇ライブでした。
桜坂劇場は映画館ですが、毎日のようにコンサートや講演などもあり、
劇場内はいつもにぎわっています。
映画とライブを区別しない人の様子を見ていると自由でとても新鮮な感じがします。そして意外にこういう映画館は少ないと思うのです。
夕方になると近所の屋台から焼き鳥を焼く煙が漂ってきて、暮らしと映画と音楽が一体化したようで、桜坂劇場でのライブがぼくには特別に思えるのはそんなところかもしれません。
沖縄に住む昔からの友だちと会えるのもうれしい。
今回はユミが不参加で、友部正人ホームページの管理人をしているやまいさん家族が
物販などを手伝ってくれました。小学5年生の楽人くんがスマートフォン片手に
お金の計算をしてくれて頼もしかった。

6月11日(火)「オマージュ・ミリキタニ展始まる」

今日から始まった「オマージュ・ミリキタニ展」をユミと見に行きました。
会場は新宿の京王プラザホテル3階のロビーギャラリー。
ぼくも小さな鉛筆画を5点出しています。このオマージュ展に参加しているのは12人のアーティストで、フロアの真ん中を占める喫茶スペースの
反対側にも作品がいくつも展示されているのですが、ちょっと見つけにくいかも。
いろんな作品が見られてそこに自分の絵もあるという、ぼくにとってはとても贅沢な展覧会です。
初日の今日はミリキタニの映画も上映していました。

6月9日(日)「阿寒」

阿寒湖の近くの森のなかの湖、ひょうたん沼でカヌーに乗せてもらいました。森の中へは車では入れないので、
加奈さんと安藤さんが交代でカヌーをかついで坂を上って行きます。35キロの重さだそうです。沼にカヌーを浮かべると静けさが伝わってきます。
途中の店で買ったパンの袋を開けるときも音が気になるくらい。沼の奥深くまで行き、そこから森に上陸。鹿の糞と小鳥の声しかない世界です。
川のそばでただぼんやりと過ごしました。めったにできない体験をしっかり味わうように。
阿寒湖畔のアイヌシアターで「ロストカムイ」というダンスとデジタルアートの公演を見ました。
アイヌという言葉は人間という意味だそうです。
北海道にアイヌしかいなかった頃、彼らは狼を神と信じてホロケカムイと呼んでいたそうです。
人は狼になり狼は人になり、くるくると変身する様子をダンスとデジタルアートで表現します。大昔のアイヌの森にしばらく迷い混んだかのようでした。

6月8日(土)「鶴居村 ヒッコリーウィンド」

鶴居村は人口が2500人の、野生の鶴が住み着いている村です。
その村の突き当りのような場所にヒッコリー・ウィンドというペンションがあり、その敷地内にあるギャラリーでライブをしました。
ほとんどが牧場で民家の少ない地域です。いろんなお店にライブのチラシを置いてもらうのに、
毎日100キロ以上車で走り回ったそうで、ということはお客さんも100キロ以上車を運転してやって来るわけです。
いろんな年代の人が30人ぐらい集まりました。オーナーの安藤さんとスタッフの加奈さんがライブのいきさつを話し、彼らが一曲演奏した後にぼくが歌いました。
安藤さんとスタッフの人たちは、海外からもやってくる旅行者たちを、許可証のある人しか入れない湿原に
案内する仕事をしています。ぼくも大好きな釧路湿原の夜にライブができてしあわせでした。

6月5日(水)「オマージュ・ミリキタニ展」

晩年はニューヨークの路上で絵を描き続け、最後はマンハッタンの高齢者用アパートで92歳で亡くなったジミー・ミリキタニさん
へのオマージュ展が6月11日から19日まで、新宿の京王プラザホテル本館3階ロビーギャラリーで開かれます。
ぼくも誘われて参加することになり、鉛筆で似顔絵のようなものを描きました。ぼくも含めて12人の作家の作品が展示されます。
一緒に参加する画家の広田稔さんが今日作品を会場に搬入するというので、ぼくのも一緒にお願いしました。

詳しくはhttp://nekonomirikitani.com/を見てください。

6月4日(火)「横須賀美術館」

ユミと横須賀美術館に行きました。横浜から京急で浦賀まで行きそこから観音崎までバス。
お昼がまだだったので、フィッシュバーガーを買って二人で海を見ながら食べていたらトンビに襲われました。
そんなことは初めてで二人ともびっくり。ユミはおびえて走って逃げてました。トンビは何度も攻撃を繰り返し、
ついにはぼくの持っていたバーガーを叩き落として行きました。

美術館はすぐ前が海で、コンテナを積んだ貨物船が行き来するのが見えるとっても素敵なところです。
東京湾の反対側の千葉県もすぐ近くに見えます。
ぼくたちが見に来たのは「センス オブ スケール」という企画展。
もしかしたらぼくたちの日常は小さな模型人間たちの遊び場なのかな、と愉快になれる作品、精巧に作られたお店の中を
感心して覗いていると自分が巨人になったように思えてくる作品など、ここでは自分が大きくなったり小さくなったり。
そういえば初めてニューヨークのマンハッタンを歩いたとき、自分がミニチュアになったような気がしました。
子供のときは鉄道模型で遊ぶ巨人でした。そんなことを思い出せるとても楽しい展覧会、見終わって外に出ると、
海岸沿いを走るバスを歩く人たちもミニチュアのように見えます。

6月3日(月)「となりの学校」

隣の聖光学院(中高一貫の男子校)の野球部があげる放課後の雄たけびがうるさくて本も読めません。
これからの季節はプールでの教師の怒鳴り声も相当で、どこか静かなところに引っ越したくなります。
学校にとっては周りの住民なんていないも同然。好き勝手やって夜には誰もいなくなります。
それでまた朝になるとわざわざ電車通学でやって来る。地元の少年たちはあまりこの学校にはいないらしいし、
いっそ郊外に移転すればいいのに、と夢見ています。

6月2日(日)「平塚」

秩父から横浜の家に帰ったぼくとユミは、息子の一穂とひかりさんに会うために平塚に行きました。
二人からぼくの誕生日とユミの母の日のプレゼントを受け取り、どこかで一緒にご飯でも食べようと思ったのです。
一穂が探してくれたイタリアンのお店はおいしかった。その後閉店間際のケーキ屋でケーキとコーヒーを飲み、
がらがらの東京方面の東海道線で横浜に帰りました。

6月1日(土)秩父市「ホンキートンク」

ホンキートンクの壁には過去のいろんなライブのチラシが貼られていて、
その中でも友部正人という名前が目立ちます。
それだけたくさん歌いに来ているわけです。
ライブが始まると照明が消え、過去も消えて、今だけの時間になります。
今年のオープニングアクトは斉藤航くんとmi-saさん。
斉藤くんはぼくの「日暮れの子供たちの手をひいて」と「雨の音が聞こえる街」を、mi-saさんは「ドアマン」を歌ってくれました。
ぼくはこの間の仙台のリクエスト大会を引きずったような選曲で始めました。
そのうちにだんだん今日の気持ちになって、店主の鈴木さんからリクエストされた「追伸」はハーモニカを吹くのがとても楽しかった。
こういう隙間だらけの曲は自由にやれるのでおもしろい。
今回はこの「追伸」のおかげで面白いライブになったと思います。

5月30日(木)「マヒトゥ・ザ・ピーポー」

7月19日に一緒にライブをすることになったマヒトゥ・ザ・ピープルのアルバム発売記念ライブをユミと見に行きました。
ライブに誘われて初めて聞いた人ですが、今までにない感じの歌を歌い、興味がわきました。
今日はレコーディングメンバーでのライブで、キーボードは寺尾紗穂さん、アルバムにも参加していた知久くんが一曲だけボーカルで参加していました。
マヒトゥ・ザ・ピープルは髪の長い若い男性で、照明が直接顔に当たるのを嫌がっているようでした。
バンドでアメリカをツアーしてきたというのを聞いて、向こうのバンドはステージを暗くするなあ、と思い出しました。
バンドにはドラムやベースもあるけど、歌詞ははっきりと届きます。抽象的だけどとてもはっきりとした世界が見えました。
終演後に紹介をしてもらい、ライブの内容について話しましたが、ぼく同様まだ何も考えてはいないみたいなので、
たぶんそんなにきちんきちんと物事を進める人ではないのでしょう。今年30歳になるという若い人とのライブが楽しみです。

5月26日(日)「Ban Ban Bazar」

仙台駅すぐ近くのニューオーリンズ料理のお店Buddy Buddyがバンバンバザールのフリーコンサートを
フードコートの中庭で企画して、ぼくも呼ばれて参加しました。
まるで夏みたいな陽気で空は真っ青です。40分ずつ3回に分けたステージに毎回ボーナストラックとして紹介され、
全部で4曲バンバンと歌いました。
始まったのはまだ空の明るい5時ごろで、バンバンは踊れるようなジャズっぽい曲を演奏したけど、踊っている人はいなかった。
でもお酒を飲みながらバンバンの歌を一緒に大声で歌っている人もいました。
昨日から仙台に来ている甲府の馬場さんは、「仙台はまるでニューオーリンズみたい」とうれしそうでした。
カーニバルのような裸電球がバンバンのコンサートの雰囲気にぴったり。
終わった後はBuddy Buddyが札幌のジンギスカン鍋を出してくれて、北国の人の南国の音楽への憧れを表現しているみたいでした。(Buddy Buddyの店主は札幌の人です)

5月25日(土)「リクエスト大会」

今日69歳になりました。ライブに来てくれた人からロックだね、と言われました。確かに。
今年は5月に仙台のSendai Koffee でリクエスト大会をやり、6月28日には南青山マンダラでやります。入場時に一人一曲小さな紙に曲のタイトルを書いてもらい、後でぼくがステージで一枚ずつ紙を引いて
歌っていくというリクエスト大会ですが、仙台でやるのは3回目です。
今回も、普段はほとんど歌ったことのない、コードも忘れている曲が何曲かありました。
そういった曲はギターを弾かずにアカペラで歌ったりうろ覚えのメロディで歌ったり。
「終わり、始まる」はメロディもコードもその場では無理だと思い、詞を朗読しました。そして朗読もいいなと思いました。
50人ぐらいの人が来てくれて、ほとんどの曲がダブらなかったために歌えなかった曲も多かった。
たった1曲のリクエスト曲を何日も前から悩んでリクエストしたのに、ぼくがその紙を引かなかったので、
聞けなかった人、また次回に来てください。それでも2時間半で22曲歌えました。
2回目のアンコールの最後のリクエスト曲はミチロウがよく歌ってくれてた「誰もぼくの絵を描けないだろう」でした。
何年か前、仙台でミチロウと二人でライブをやったなあ。

5月23日(木)「火星の庭句会」

仙台の火星の庭で月例句会があってユミと参加。
俳句は自分だけで考えているときは楽しいけれど、みんなの句と混じってしまうとその楽しさが消えている。楽しかった部分が残れば一番いいのにと思います。そのことを考えて次回も考えてみます。

 5月19日(日)「京都 拾得」

京都駅の混雑には毎回驚かされます。でも行き交う人たちは外国人が多くて、横浜なんかの混雑とはちょっと違い、少し風通しがいい感じ。
その風通しの良さは拾得のドアまで続いていて、中に入ると清くんたちが準備をしていました。
今日も前半は清くんとチョコレートダンデイーズが1時間。昨日やらなかった「スターダスト」をやっていました。
後半のぼくはまたソロを4曲やって、それから昨日と同じ曲順で6曲。
二日目なので演奏にオイルを塗ったみたいです。時間はすでに9時近くなっていたけど、「いいよ、いいよ、やって」とお店からアンコールの許可。(住宅街なので9時までしか音が出せないことになっているので。)
「くりかえすよ」は歌えば歌うほどいい歌です。「ぼくは君を探しに来たんだ」で二日間のツアーは終了でした。
東京から聞きに来た永田どんべえが、「友部さんの歌で踊る日が来るなんて」とうれしそうに話していました。今回は清くんたちに誘ってもらって一緒にツアーをしたのですが、一緒に歌えて楽しかったな。

5月18日(土)「名古屋 得三」

松竹谷清とチョコレートダンディーズと今日から二日間の短いツアー。
初日の今日は得三でした。2年前の清くんの還暦ライブでチョコレートダンディーズとは一度一緒に演奏したことがあります。
今回はその時の曲目をもう一度やることになりました。早めに得三に入って一通りリハーサル。
本番までだいぶ時間が余ってしまい、すぐ近くのお店で今日ライブをする原マスミくんをユミと訪問。原くんもちょうどリハーサルが終わったところでした。
本番は清くんたちが最初に1時間。清くんの声の調子が良さそうなのでぼくは一安心。
心から演奏を楽しめました。ぼくがソロで4曲歌った後、みんなで6曲演奏しました。一曲目はぼくの「君はこんな言い方嫌かもしれないけど」と清くんの「ブラブラ」の合体です。
「夕日は昇る」は一番だけぼくが普段通りに歌い、二番の清くんの歌からレゲエに。以前から清くんはこれをレゲエで歌ってカヴァーしてくれています。
リハーサルで自然に途中からレゲエになったので、キーボードのエマーソン北村もにんまりしてました。ほかには「夜よ、明けるな」「クジャクのジャック」「38万キロ」「from brooklyn」もやりました。
アンコールはトマトスの頃の清くんの「くりかえすよ」とぼくの「ぼくは君を探しに来たんだ」の2曲。
ユミは今夜の「くりかえすよ」はすごく良かったと言っていました。
ライブの後得三でみんなでご飯を食べていたら原くんと稲田さんが来たので、打ち上げを2回やったような気分でした。

5月15日(水)「えんとこの歌」

伊勢真一監督の新作ドキュメンタリー映画「えんとこの歌」の試写会に行きました。脳性麻痺で30年ほど前から寝たきりになってしまった遠藤さんはたくさんの介助の若者たちに支えられて生きて来ました。
現在71歳の遠藤さんは伊勢監督の大学時代からの友人です。
20年前にも伊勢さんは今より20歳若い遠藤さんを映画に撮っていますが、今回は20年前には作っていなかった遠藤さんの短歌に焦点が当てられています。
そしてその短歌を、映画ではおもにぼくが朗読しています。若者たちの一人が「ここに集まって来る人に問題を抱えていない人は一人もいない」と言います。そして遠藤さんのところに来ると達成感があると言ってました。
「えんとこの歌」は7月からミニシアターなどで公開が始まります。
横浜はジャック&ベティでの上映が決まっていて、7月20日にはぼくがトークゲストとして上映後に伊勢さんと話をする予定です。

5月12日(日)「三豊市 まちあわせ2019」

香川県の坂出駅で東海くん、成美さん、田四郎くんと待ち合わせて、
車で三豊に向かいました。途中日の出といううどん屋でうどんを食べました。
ここは製麺が本職なので、お店でうどんが食べられるのはお昼の12時からたった1時間。ねぎははさみで自分で切ってくださいね、と店の女性が教えてくれます。
ねぎのことでぼくが驚いていると、「畑にねぎを自分で抜きに行かせる店もありますよ」と東海くんが言います。またまたびっくりでおもしろい。
「まちあわせ2019」の会場は三豊市の外れ、山のふもとのコミュニティセンターで、大きな滝がありました。でもこれは人工の滝で、夕方になると止めてしまうらしいです。
今年で4回目の「まちあわせ」コンサートのいいところは一人の持ち時間が50分あること。50分あればかなりたっぷり歌えます。
それでも全体に押したらしく、アンコールで全員でやる予定だった「アイ・シャル・ビー・リリースト」は今回は中止して
ぼくの歌の「待ちあわせ」をみんなで歌いました。「待ちあわせ」は歌の合間の梅津和時さんのサックスと安宅くんのペダルスチールがとても良かった。
そして今日のコンサートは島崎智子さんの歌が妙に心に残りました。

5月11日(土)加古川市「チャッツワース」

新横浜から新幹線ひかりで西明石まで行き、在来線に乗り換えて加古川まで。
京都までの車内はほとんどヨーロッパからの旅行客、でっかいスーツケースが
あちこちからはみ出しています。
新幹線は外国からの観光客用鉄道パスはひかり号しか乗車できないため、
ひかり号はいつも大きな荷物でぎっしりです。
加古川駅の駅前で誰かが斉藤和義の「ずっと好きだった」を歌っていました。
三崎のかもめ児童合唱団のアルバムで知った歌。
ライブには2時間のライブで歌える倍ぐらいの曲を用意していきます。歌っていると
あれもこれもという気分になり、今日はその中から21曲歌いました。
去年からPAで来てくれている方がいて本当に助かります。歌いやすかったので
ついたくさん歌ったのかもしれません。
打ち上げはチャッツワースの一階で。いろいろ食べ物が出ましたが、
飲み物はぼくはビール一本だけ。翌日もライブがあるときはアルコールは
ほとんど飲まないように気を付けています。 

5月5日(日)「春一番 最終日」

今日は急きょ三宅伸治くんのときに飛び入りをして、スプーンフルと一緒に3KINGSの「彼女」を歌いました。
この歌は元々、亡くなったシーナさんをイメージした歌を三宅くんが作りたいと
いうので、三宅くんがメロディを作り、ぼくが歌詞を書ました。
三宅くんが今日これをやりたいと言ったのは、たぶん今回鮎川くんが来られなかったからだと思います。二人で三人分の「彼女」を歌いました。
こうして今年も春一番コンサートが終わりました。今年は三日間とも快晴で、
気温は高かったけれど湿度が低くさわやかでした。
そのせいか全体がキラキラしていたような気がします。それはスタッフや出演者たちが
発散したキラキラでした。風太も杖の上でとてもしっかりとした目をしていました。

5月4日(土)「2日目」

今日はぼくが歌う日でした。「1月1日午後1時」「ブルース」「誰もぼくの絵を描けないだろう」を一人でやり、
4曲目に「大阪へやって来た」をアズミとやりました。
アズミはエレキギターを大音量で弾き、演奏に緊張感をもたらしました。
アズミと「大阪」をやるのは初めてで、コード進行もよく知らないはずです。
でもこういう曲はその方がうまくいく気がしていました。そしてうまくいきました。
最後は3KINGSの『王様のノイズ』の中の「りんご畑は永遠なのさ」を
一人で歌って終わりました。
「誰もぼくの絵を描けないだろう」はぼくの還暦コンサートでミチロウが歌ってくれた歌でした。
ミチロウが倒れたと聞いてからずっと、自分のライブで歌うようにしてきました。だからこの歌にはすでにミチロウが幾分か乗り移っています。

5月3日(金)「春一番2019 1日目」

毎年春一番は三日間とも見るようにしています。ほとんどの人と春一番でしか会えないので。
今年も午前の新幹線で服部緑地の野音に直行しました。一日目の今日はアズミの「ジャスト・ライク・ア・ボーイ」にやられました。
4月25日に亡くなった遠藤ミチロウの歌です。アズミは歌の途中にミチロウとの
お喋りをミチロウの物まねで語り、それがとてもよく似ていたものだから
サングラスの内側で涙が溢れました。初日から極めつけを見てしまったようです。

4月30日「陶器の絵付け」

画家の広田稔さんの誘いで、広田さんたちの新しい「アトリエ21」で、絵描きたちに混ざってぼくとユミも陶器の絵付けに参加しました。
陶器は全部食器ですが、小型の招き猫もありました。この企画は四年前にもあって、
そのときにぼくとユミは初めて参加したのですが、絵付けされた食器は窯で焼かれて、
ギャラリーアークで展覧会もしました。
今回ぼくは前回よりも絵付けの感じがつかめてきたので、5月2日まで3日間参加。
絵の最初のアイデアはすぐに行き詰まり、後半は自分でも何を描いているのかわからない状態でした。

4月28日(日)「ノッツォ」

仙台では毎月2か所で食べ物とクラフトの手作り市が開かれています。
今日28日は新寺こみち市でした。午前はランニングなどでつぶれてしまうので、
お昼過ぎにユミと行ってみました。
今日は日曜日でしかも快晴、ぼくたちの大好きなまるもパンもすでに完売でした。でもぼくたちが来るのを予測していたのか少しだけ取っておいてくれていて、
大きなプレーンのパンを買うことができました。
まるもパンのことは今月発刊されたミニコミ冊子「nottso!!(ノッツォ)」にぼくが書いていますが、
いろんな人が仙台のお勧めの場所などを三つずつ紹介する企画です。
転勤や大学などで新しく仙台に住み始めた人に向けた情報誌だそうで、ぼくはランニングとこみち市とまるもパンのことを書きました。
仙台は街がまだ若いので、遠くからよそ者がやって来てそのまま住み着くようなところになれば
もっと風通しのいい街になるような気がします。

4月27日(土)「句会」

月例の句会、今夜は仙台のぼくのアパートでやりました。11人集まったけど、椅子は8つしかなくて、それ以上は横の部屋の畳に座らなくてはなりません。
火星の庭句会はお酒と食べ物に力が入っていて、最近はそのせいで句会の始まりが遅くなり、
今夜は卓くんから、選句まではお酒を飲まないようにして静かに選句しましょうと提案がありました。食べ物とお酒とお喋りがあって、句会も速やかに進行すれば一番いいのですが。

4月26日(金)「保呂羽山神社の神楽」

24日から仙台に来ています。今日は宮城県南三陸町まで、火星の庭の前野さんの車に乗って神楽を見に行きました。
仙台からは約2時間。保呂羽山神社は約380メートルの高さの保呂羽山の頂上にあります。
去年は途中まで徒歩で上がって、通りかかった四輪駆動の軽トラックに拾ってもらい、山頂の神社で神楽を見ました。
今年は朝からの雨で山頂での神楽が中止になり、保呂毛という地区の集会場で神楽を見ました。ぼくとユミと前野さんと工藤夏海さんは2回目でしたが、東京から始発の新幹線でやって来たかやさんは保呂羽は初めて。
山頂の神社ではないのが残念でした。でも小さな建物の中なので、間近で見られたのも良かった。
舞う人たちの息づかいが聞こえて、あまり優雅な感じじゃないのも良かった。今年の神楽は生々しかった。

4月23日(火)「湘南」

ニューヨークでランニング仲間だった浩一くん佐恵子さん夫妻、冨子さん、マサとぼくとユミとで湘南を走ったり歩いたりしました。
走ったのはぼくと浩一くんとマサで、藤沢駅から海岸に出て平塚大橋まで行ってまた辻堂まで戻るという約20キロ。
海岸のサイクリング道はところどころ砂に埋もれて走れなくなっていて、一般道の歩道を走ったりしました。
ユミたち徒歩組はぼくたちランニングチームの荷物を持ってくれて、藤沢駅から6キロぐらいを歩き、
辻堂の松浪コミュニティセンターで1時間ぐらいぼくたちを待ってくれました。その後は佐恵子さんの大学時代の友だちのやっているBrandinというカフェに行きました。
Brandinは食事がないので、すぐそばのお店からピザを出前してもらってビールを飲みました。お店にはLPレコードが1万枚あって、お客さんが自由にプレーヤーにのせてかけていました。
リチャード・トンプソンなど、ぼくも好きな音楽で良かった。今度またゆっくりレコードを聞きに来たいな。

4月20日(土)「甲府市 ハーパーズミル」

10年ぐらい前までは毎年のように歌いに来ていたハーパーズミルで10年ぶりのライブ。店主の坂田くんは少しお腹が出ていました。
ぼくが使っているサカタギターはこの坂田くんが作ってくれたものです。
今日はその坂田くんが最初に歌い、ぼくがその後に2時間歌いました。
満員のお客さんの中には久しぶりに会う懐かしい人たちもいて、ちょっとしたホームカミングコンサート。
真澄ちゃんも打ち上げ用に力の入った料理を用意してくれて、見ただけでも気分が盛り上がる祭のような料理。
久しぶりだからみんなこんなに盛り上がったんだろうなあ。全然食べきれなくて、ユミはいろいろ包んでもらってました。名物のカレーまで。

4月14日(日)「倉吉市 吉祥院」

ラ・キューという喫茶店が主催で吉祥院でライブをするのは今回で4回目です。
まだ若い住職さんは音響の設備を持っていて、オペレーターと一緒に配線の手伝いもしていました。
ものすごく積極的にかかわってくれます。
吉祥院から100メートルぐらいの近くにある本屋で偶然にも今夜同じ時間にライブをする三上寛がリハーサル中に訪ねてくれました。
昔一緒にツアーをした頃のことを懐かしがっていました。リハーサルの後、ぼくもちょっとその本屋に行ってみました。
ラ・キューの杉原さんがラ・キューを始める前に勤めていたロフトハウスというライブハウスのオーナーの恭之介くん夫妻にも久しぶりに会いました。
ロフトハウスでライブをした後は、必ず三朝温泉の無料露天風呂に行ったことを思い出します。
三上寛といいロフトハウスといい、ぼくにも長い時間が過ぎたのだと思いました。

4月13日(土)「松江市 MG」

MGは松江では老舗の音楽喫茶、今年で50年になります。ぼくが今回MGでライブをするのは40年ぶりのこと。山陰放送の山根さんが、今回はぜひMGでとMGのあっちゃんと相談して決めたそうです。40年間ライブをやらなかったとはいえ、松江に歌いに来るたびにMG名物のかつ丼は食べに来ていたので、雰囲気は薄れることはありません。ぼくが歌い始めた頃からの居心地の良さがあります。松江は古い町並みが今もそのまま残っていて、町そのものも居心地がいいのですが、街灯のように新しい店もぽつんぽつんと明かりをつけていて、宍道湖のほとりにはぼくの古いLPレコードを店内でかけているカフェもありました。 

4月9日(火)「ヒューマン・スプリング」

志賀理江子さんの個展「ヒューマン・スプリング」をユミと東京都写真美術館に見に行きました。 
何年か前に仙台で「螺旋海岸」を見てから、志賀さんの個展は毎回見ています。 
眠っていたもの、死んでいたものが一挙に息を吹き返し大集合しているような作品の感じは、人間の春なのかなあ 
と思いました。でも水の作品もあるので、人間が生まれてくる泉のような気もします。 
ホルンの夏海さんの大きな写真があって、びっくりしました。 

4月7日(日)「長崎市 御飯」 

長崎でのライブは5年ぶりです。近隣の町からも遠く福岡からもお客さんが聞きに来てくれました。 
開演前、御飯の吉村さん夫妻と音響の人とで念願の皿うどんを食べに行きました。電車が長崎に近づくと 
皿うどんのことばかり思っていました。吉村さんが言うには長崎は砂糖文化だそうで、確かに皿うどんも
甘かった。それに金蝶というソースをかけるのです。 
45年以上前に初めて長崎に歌いに来たときの「長崎慕情」を歌って、その頃の自分の歌の素直さに感心しました。

4月6日(土)「福岡市 LIV LAVO」 

去年は3KINGSで来ただけだったので、久しぶりの福岡でした。3KINGSのアルバムが出た直後なので、 
その中の曲もいくつかやりました。なにしろ3KINGSのライブが7月までないので、3人の王様はそれぞれ 
ソロでアルバムの宣伝をしています。 
ライブ終演後は「王様のノイズ」を大勢の人が待ちきれないみたいに買ってくれました。 
勢いのある感じがうれしいです。 
LIV LAVOのオーナーでありバンバンバザールの福島くんが持ち前の頭の良さでテキパキと物販を担当 
してくれて助かった。計算機としてずっとツアーに同行して欲しいくらい。 
ライブでは福島くんと黒川くんに「夜よ、明けるな」を一緒に演奏してくれるようにお願いしました。 

4月3日(水)「パスカルズ」 

吉祥寺のスターパインズカフェに、パスカルズのライブを久しぶりに見に行きました。 
二日間のライブはソールドアウトでしたが、この間ぼくの南青山曼荼羅のライブを二日間見に来てくれた 
ロケット・マツがぼくとユミのために席を用意してくれていました。 
(このスターパインズで客席に座ってちゃんとライブを聞くのはもしかして初めてだったかも。) 
前半はぼくもよく知っているおなじみの曲が多く、後半は新しいアルバムからの曲が多かったみたい。 
最新作「日々、としつき」は完成度の高いアルバムで、パスカルズの到達地点になるでしょう。 
ライブはアルバムとは違う音のバランスで、演奏にも勢いがありました。 
マツから今日の昼に電話でアンコールに出てと言われていたので、本編終了後にバックステージに行ったら 
「こわれてしまった一日」を、と言われました。この曲はパスカルズのフランスツアーのポアチエという 
美しい町で飛び入りで歌った思い出深い曲です。 
クリコーダーの関島さんもゲストで来ていて、普段はチューバを吹く関島さんが小さな小さな笛を 
くるくると吹いていて面白かった。 
パスカルズのみんなに会うと幸せな気分になるのはどうしてでしょう。 

4月2日(火)「ジャクソン・ハイツ」 

フレデリック・ワイズマン監督の3時間のドキュメンタリー作品「ニューヨーク、ジャクソン・ハイツへようこそ」 
をようやく見ることができました。3年ぐらい前にニューヨークで公開されて、ずっと見たかった。 
都市開発から取り残されていたクイーンズ最後の町。幾多の言語が飛び交い、100以上もの国からの人たちが 
暮らす町。そんな下町にいよいよ都市開発が押し寄せようとしています。 
この映画を見ると、マンハッタンにあったほとんどのライブハウスやレコード店、本屋などの小売店が 
ブルックリンやクイーンズに移動したのがよくわかります。 
ぼくはマンハッタンで20年暮らしたのですが、途中から近所の個人商店がどんどん閉店していき、そのあとには 
有名なチェーン店や銀行がオープンし、ぼくのいたアッパーウエストも感じのいいお店はなくなって、 
どこにでもあるつまらない街並みになりました。 
不動産会社がわっと押し寄せて来てすべてを土に戻し、そこに金持ちを呼び寄せて新しい街を作る。 
ジャクソン・ハイツを故郷とする移民たちも土と一緒に押し流されて行きます。 

3月31日(日)「郡山市 ラストワルツ」

ラストワルツはぼくが毎年定期的にライブをしてきた場所ですが今回は1年半ぐらい間が空いてしまいました。 
仙台と横浜を行き来するようになって素通りしてしまうからです。 
でも相変わらずの暖かいムードでぼくを迎えてくれました。 
好きな場所でたっぷり歌おうと思ったのでライブが長くなってしまったのですが、今夜は普段より乗って 
歌えたのにそれがどう伝わったのかがあまりわからなかったので、いつかおとなしい郡山のお客さんを 
熱狂させるようなライブがしたいと思いました。 

3月30日(土)「BEGIN」

仙台の電力ホールにBEGINのコンサートを聞きに行きました。3年ぶりのニューアルバムのツアーだそうです。
 前半はそのアルバムからの新曲だけを演奏しました。
 ぼくは一曲目の歌が好きです。歌詞が良かったから。二部はBEGINの歌だけではなく、昭和からの誰でも知っている
 ような歌のメドレーで、1時間ぶっ通しの演奏には少し疲れました。
 でも歌詞をスクリーンに大写ししてくれて、ヒット曲の歌詞の勉強になりましたが、あれはお客さんにも
 歌ってもらいたかったのだと気づきました。
 終演後に楽屋で3人に会いました。とても久しぶりに会ったのに昔から友だちみたいな人たちで、近いうちにまた
 楽屋ではないところで会って楽しい話をしたいと思いました。
 外に出たら雪がうっすら積もっていて、びっくりしました。

3月29日(金)「仙台の街角から Volume 2」 

2回目のゲストはおおはた雄一さん。ユミと二人で仙台駅まで迎えに行き、我が家でしばらくリハーサル。 
といっても何度も一緒にライブをしているので、ほんのおさらい程度でした。 
おおはたくんはとてもすぐれたサポーターなので、今日もたくさんぼくの歌を一緒に演奏してもらいました。 
ぼくが彼の歌に参加したのは「火のそばに」と「てのひらのブルース」の2曲。アンコールでは二人でレッドベリーの 
「グッドナイト・アイリーン」を歌いました。こんな感じでもいいのなら何度でもおおはたくんと歌いたいと思いました。

3月28日(木)「チョコレート・ドーナッツ」 

喫茶「ホルン」でビデオの上映会をしました。今回は翌日にぼくのライブがあったため、通常は2本立てのところ、 
「チョコレート・ドーナッツ」の一本だけにしました。この映画は封切の時にコメントを書いたりしたので、 
見たことがあり内容もよく知っているのに、涙が出て困りました。主人公のアラン・カミングがすばらしい、 
そして彼の相手役のポールも。 
見終わった後、渋谷さんや夏海さんや前野さんやユミと映画の話をしていたら、2本目も見られたぐらいの時間が 
過ぎていました。 

3月27日(水)「句会」

月例の句会に参加しました。仙台にアパートを借りてからほぼ毎月のように句会に出られるのがうれしい。 
ニューヨークや横浜から投句していた頃は、リポートがメールで送られてきても、主宰の渡辺さんの実際の 
反応がよくわからなかったから。 
その渡辺さんから、今回ぼくが提出した「春の山お前と相撲がとりたいな」という句はおもしろいと言われました。 
今日の最高得点はユミの「春昼の垂直に寝るクジラかな」でした。

3月25日(月)「山菜パーティ」

今日は山菜取りに行くと言っていた玄くんから夕方連絡があって、玄くんと舞ちゃんの家に 
ユミと遊びに行きました。 
昨日のゲストの長身の草階さんがエプロン姿で山菜や肉や魚料理と格闘していました。 
たくさん採れたという野生のワサビは細かく刻んで醤油につけるとそれだけでもおいしかった。 
玄くんと草階さんは若いのに料理の達人みたいです。山には縁のないぼくたちですが、 
山の匂いに包まれて夜遅く帰りました。 

3月24日(日)「散文と音楽」 

Kudanzの佐々木玄くんのライブに行こうと、横浜から急きょ仙台にやって来ました。 
会場は名取市の「Each Time Cafe」。 
2月からマンスリーで始めたそうで、歌に散文をからめるという縛りがあります。 
そしてゲストは秋田の草階さん。台本なしで話すこの人の熊や山の話はおもしろかった。 
玄くんも子供の時に家族で山に山菜取りに行ったときのことを作文にして読んでくれました。 
名取の小さな喫茶店が、歌とお話でふくらんだ夜でした。

3月22日(金)「河北新報」

今日の河北新報の朝刊に、ぼくの仙台の隔月ライブについての記事が載りました。 
少し前の日記で書いたように、4時間にわたる取材をどうまとめたのか興味がありましたが、 
ぼくが話したかったことをうまくまとめてくれていました。丸山さんはとても優秀な記者 
なのだなと思いました。 

3月20日(水)「南青山マンダラ」 

「Mitsudomoe」最終日はぼくと原マスミくん。今日は最初に原くんが歌い、次にぼくが歌って、 
最後に二人で「ぼくは君を探しに来たんだ」と「朝は詩人」を歌いました。 
ぼくがソロで「こわれてしまった一日」を歌っていたら、途中からハーモニカとコーラスで飛び入り 
してくれた知久くんも一緒に、一番最後に3人で3日間のアンコールとして「夕日は昇る」をやりました。 
それ一曲ではアンコールの拍手が止まなかったので、原くんと二人でやった「ぼくは君を探しに 
来たんだ」を知久くんも一緒に3人でもう一度歌いました。
  
原くんはぼくの還暦ライブのときに「ゴールデントライアングルのラブソング」を歌ってくれて、 
それを思い出してぼくもめずらしくこの歌を歌いました。自分の歌にしてはうまくできなかったけど。 
知久くんや元たまのメンバーたちからよく原くんのことを聞いていたのですが、ついにやっと 
3人の歌がしっかりと出会った夜でした。 

3月19日(火)「南青山マンダラ」 

南青山マンダラの25周年企画、知久寿焼くん、原マスミくんと3人の「Mitsudomoe」ライブでした。 
二日目の今日はぼくと知久くんの日で、最初にぼくが歌い、次に知久くんが歌って、 
その後に「けらいのひとりもいない王様」と「ガーディナーさん」をセッションしました。
マンダラとは長い付き合いがあるとはいえ、今回のような思い切った企画は初めてです。 
いつも何をやったら面白いかを考えているマンダラのスタッフのおかげです。 

3月16日(土)「自転車と京都」

ホテルをチェックアウトして、昨日ライブに来てくれたメリーゴーランドの鈴木潤と 
ディーン・アンド・デルーカで待ち合わせてランチ。潤ちゃんは前からユミと仲良しだから 
話もはずんで2時間ぐらいして店を出たら、店の前に止めた潤ちゃんの自転車がなくなっていた。 
路上駐輪で撤去されたのでした。「こんなの初めて」と嘆く潤ちゃん。
潤ちゃんにとっては不幸な出来事だけど、でも前々から思っているのは京都のあの細い道で 
自転車の走行は危なすぎます。とくに最近は観光客で町中あふれかえっているし。 
狭い歩道を音もなく後ろから来て今にもぶつかりそうになりながら脇をすり抜けて行く。 
歩道はやはり歩行者のものでしょう。 
かといって車道を自転車で走るのも命がけだし。都市には自転車専用レーンが必要だと思います。 
ぼくは車には乗らないし自宅周辺では自転車に乗っているので特に気になります。

3月15日(金)「京都市 磔磔」

今日もソロのライブでした。曲目はなんとなく前日の大阪と変わってきます。 
特に意識はしていないのですが。 
今回の関西は昔使っていたギブソンのB25というギターを使いました。音量が小さいのが気になりますが、 
ぼくの歌には合っているような気がしました。もう長い間ライブでは使っていなかったけど、 
これからはたまに使おうと思いました。 
今年は3KINGSのライブが増えると思うけど、今回のような一人きりのライブもちゃんとやって 
いこうと思います。 

3月14日(木)「大阪市 Janus」

3KINGSとは打って変わって、今日はぼくの大阪ソロライブ。 
あらかじめ準備した曲には、たまにはやらないと忘れてしまうな、というようなのもあります。 
どうしてもライブで歌う曲は偏ってしまうので、そうならないようにと思いました。 
3KINGSのレパートリーからも何曲か一人でやりました。 
自分の声帯を軽くノックするような感じで歌うと、無理なく歌えるようです。歌っておもしろいなと思います。

3月13日(水)「王様のノイズ 発売記念」 

今日は「王様のノイズ」の発売日でした。それに合わせて、渋谷のBYGで「記者会見とミニライブ」という 
催しをしました。 
記者会見はユミのアイデアでしたが、鮎川くんの娘の佐久間純子さんがアルバムカラーの赤いテーブルクロスと 
アルファベットで3人の名前の書かれたプレートを用意してくれて、雰囲気はばっちりでした。 
「ロックジェット」という音楽雑誌の藤竹さんがインタビューをしてくれたのですが、藤竹さんの無駄のない 
質問はトークを充実させてくれたと思います。 
トークの後アルバムの中の曲を曲順通りに全曲3人で演奏して、アンコールは「サティスファクション」で終了。 
準備期間たった1か月のイベントでしたが、やってみてとても楽しかった。 

3月11日(月)「2時46分」

新青森駅から午後1時過ぎの新幹線に乗ったら、8年前に地震が起こった時刻にちょうど仙台でした。 
何かアナウンスがあるかな、と思ったけど何もなし。テロ警戒のアナウンスより、もっと 
人間らしいアナウンスが聞きたい。 

3月10日(日)「青森市 もぐらや」 

古書らせん堂の三浦さんがぼくのライブを青森で開いてくれるようになって今回で4回目です。 
青森の裏通りにひっそりとあったらせん堂は、最近街なかに移転して、お客さんが増えたそうです。 
なのに三浦さんは、いつも店にお客さんが何人かいて落ち着かない、と言っていました。おかしいです。 
「もぐらや」は浮雲というバンドの人がやっている居酒屋風のお店で、普段からライブはノーマイクの 
生音でやっていて、ぼくのライブもそうだったのですが、声が天井のどこかで反響していて 
不思議な感じがしました。この次はマイクを用意しましょうかと言われたけど、今のままがいいです、 
と答えました。 

3月9日(土)「弘前市 アサイラム」 

例年より暖かい弘前、お客さんもなんとなく暖かい雰囲気でした。 
アサイラムのヒロシさんもライブのこと、いろんな人に声をかけてくれたみたいです。 
アサイラムは空き地のようなところにあって、ヒロシさんが世話をしている野良猫が何匹も住み着いています。 
世間から少し外れていて、扉の隙間からは音楽が聞こえるアサイラムという小さな空間がぼくは好きです。 

3月7日(木)「エフエム仙台」 

これも火星の庭の紹介で、エフエム仙台の生番組に出演しました。番組のパーソナリティは石垣さん。 
肘折温泉の国際音楽祭のことや、Sendai Koffeeでのライブのこと、それからもうすぐ発売になる 
3KINGSの新譜のことなどを聞かれました。こちらが指定した曲はぼくの「日本に地震があったのに」と 
3KINGSの「サクランボ」の2曲でしたが、話をしている間にもBGMとしていろいろかけてくれていました。 
スタジオは建物の一階にあって、ガラスの向こうには雨の街。 
自分のいる場所からいない場所が見えるようなおもしろいラジオ体験でした。 

3月6日(水)「取材」 

河北新報の記者と火星の庭で会ってインタビューを受けました。 
今年から隔月でSendai Koffeeでやることになったライブ「仙台の街角から」についての取材でした。 
記者の丸山さんは火星の庭の前野さんの知り合いで、時間を気にしないのんびりとした感じの人で、 
同席したユミや前野さんとも話がはずみ、取材が終わって時計を見たら4時間が経過していました。 
ノートに膨大な量のメモをしていましたが、話はあっちへ飛びこっちへ飛びで、後でまとめるのは 
大変だろうなあ。 
記事は3月29日のおおはた雄一くんとのライブのちょっと前に河北新報に載せる予定だそうです。 

3月2日(土)「肘折国際音楽祭」

日本でも有数の豪雪地、山形県の肘折温泉で毎年冬に開催されてきたこのコンサートは、温泉と歌の
 取り合わせが絶妙で病み付きになります。今年はその4回目で7組がゆきんこホールで演奏しました。
 大きな窓一面の雪景色を背景に演奏するのですが、逆光なので夕方になってステージに照明が
 当たるまでは演奏者の姿はシルエットになっていて、今回でいえば5番目のぼくあたりまで
 顔も見えなかったはずです。それでもお客さんたちは見えない演奏者からの歌を聞き続けます。
 肘折温泉が雪に包まれた秘境なら、このコンサートは歌に包まれた秘境です。演奏と演奏の合間に
 ふるまわれる手作りの郷土料理を糧に、丸一日を歌を聞いて過ごします。
 こんなコンサートがあることを知らなかった人にも知ってほしい。
 今年はやけに雪の少ない肘折国際音楽祭でした。

2月28日(木)「時々自動 コンサートリハーサル」

楽しみにしていた時々自動の横浜公演「コンサートリハーサル」をユミと見に行きました。
 会場は中華街のそばのKAAT、東京から見に来たマサと3人で開場前に中華街で食事しました。 
時々自動のおもしろいのは手作り感が満載なところにあります。
生演奏から言葉からダンスから衣装から装置までみんな自分たちの手で作ってしまう。 
演劇を手作りすると時々自動のようになる。前衛でも実験でもないんだと思いました。 
そんな時々自動が自分たちの40年間を振り返ったのが今回の作品です。(ぼくも40年見続けてきて、 
過去の映像が映ったときは懐かしかった。)
KAATのような大きなところで、彼らの手作り感をどう生かせるのかが今回の見どころだったように 
思います。200席の大スタジオがすっかり時々自動サイズになっていました。 
反戦メッセージが書いてあるドレスでメンバーがファッションショーをする最後のシーンは 
とても美しかった。
 

2月24日(日)「金沢市 ジョーの箱」

豪雪の昨年とは打って変わって暖かい金沢。駅は大学の受験生でにぎわっていました。 
ぼくは毎年この時期に金沢に歌いに来ています。 
ずっとライブをしてきたジョーハウスから徒歩2分のところにジョーの箱があります。 
普段は何に使われているのかわかりません。去年に続きここでライブをしました。 
客席が床に座布団なので、ぎゅうぎゅうの場合はお客さんが疲れます。 
休憩を長めにしてその間に弦を替えました。一曲ごとにチューニングが狂うのは弦が古くなっていたから。 
二部はほとんどチューニングをせずにすみました。 
ライブの前にジョーハウスのカレーライスを食べました。こってりしていて去年よりおいしくなっていた。 

2月22日(金)「エリック・クラプトン」

今日はまたシネマリンに来ました。今回はエリック・クラプトンのドキュメンタリーです。 
映画の中でクラプトンが言っているように、この偉大なギターリストは死後簡単に忘れられて 
しまうかもしれない、とぼくも思いました。 
それほど存在感が希薄なのです。確かにギターは誰よりもうまい。なのになぜかそう思えたのでした。 
たぶんそのことを自分でも気がついていて、ようやく自分をさらけ出したのがこの映画なのでは 
ないでしょうか。 

2月20日(水)「サイドマン」 

ドキュメンタリー映画「サイドマンSidemen」を横浜のシネマリンにユミと見に行きました。 
3人のサイドマンの一人、ヒューバート・サムリンは、シネマリンで一年前に上映された 
ブルースのドキュメンタリー映画「テイク・ミー・トゥー・ザ・リバー」に出ていました。 
撮影の2日後に亡くなったと映画の中で知りぼくはすぐに「ブルース」という歌を作りました。 
かなり前のことですが、この人が恵比寿のライブハウスでソロでライブをするよ、と三宅くんに聞いて、 
どんな人かも知らずに見に行ったのが最初でした。ありのままにギターを弾く頑張らない感じのゆるい 
パフォーマンスがとても良くてそれからレコードを買って聞いていました。 
ヒューバート・サムリンはハウリング・ウルフのサイドマンだったのですが、 
パイントップ・パーキンスとウィリー・ビッグ・アイズ・スミスはマディ・ウォーターズのサイドマン 
(バックバンド)だったそうです。 
マディ・ウォーターズのレコードはいっぱい持っているのに、サイドマンには注意を払わない、 
ぼくも普通の聞き手だったわけです。 
映画はこの3人が主役です。「人によっては旅は一生にわたることもある」というチラシの文句が 
この映画のすべてを言い表していると思いました。
 

2月16日(土)「高知市 Sha-La-La」

最初に大阪から来た「ゴーゴー木村&木村俊章」が二人で歌いました。歌い出し一曲目のどでかい声は
威力がありました。次に高知から片岡くんが歌いました。棺桶の歌がおもしろかった。
ソロ二日目のぼくはようやく調子を取り戻し、3KINGSでもやる「ライク・ア・ローリングストーン」や
「大阪へやって来た」も歌いました。
Sha-La-Laは場所を移転して、よりライブ向きになりやりやすかった。
主催の町田さんが高知でぼくのライブをやるようになって20年だそうです。
町田さんから「愛はぼくのとっておきの色」を
リクエストされていたのに、ぼくは歌うのを忘れてしまいました。せっかくの20周年なのに。

2月15日(金)「高松市オリーブホール」 

飛行機が羽田を飛び立つときは雪でした。機体の除雪に時間がかかり高松着が遅れました。
高松も寒かったのですが、その分お店などの暖房が暑いくらいで汗をかきました。
ライブは島津田四郎くんが最初に歌いました。歌でも子供思いのやさしい田四郎くんですが、以前は
保育園で働いていたそうです。
ぼくはLDKのときによくやる「言葉がぼくに運んでくるものは」を一人でやってみましたが、なんとなく
うまくいきません。ソロのライブでは普段やらない曲をやりたいのですが、やりなれていないので慎重になります。
昨日がバレンタインデーだったので、ライブの最後は「バレンタインデー」でしめました。

2月11日(月)「晴れたら空に豆まいて」

代官山にあるライブハウスです。ぼくは前に二回ここで歌ったことがあります。 
今夜は新しいアルバムから「ブルースといっしょ」を初めてライブでやりました。 
新しいアルバムには掛け合いのようなコーラスの曲がいくつかあって、「ブルースといっしょ」もその一つ。 
この歌は鮎川くんのボーカルです。 
ユミに言わせると今夜の音響は今までの3KINGSのなかで最高だったそうです。ぼくもアコースティックギターを 
ギターアンプに差し込んでやって、自分のギターがよく聞こえて快適でした。 
先行発売の新譜『王様のノイズ』はどの会場でもよく売れました。
 
あとは、3月13日の発売日に渋谷の「BYG」でイベントっぽいことをやる予定です。 

2月10日(日)「水戸 ボージャングル」

SONICの社長関野さんお勧めの「阿武隈書房」という古本屋にみんなで行きました。ユミは本を買っていたけど、 
ぼくらスリーキングスの三人はみんなLPレコードを買いました。時間があったらあと1時間はいたかった店です。 
水戸の「ボージャングル」は店の作りが変わっていて、そういえば何十年も前にここで歌ったことがあるな、 
とようやく思い出しました。二階席はステージと同じ高さなのですが、一階はステージより何メートルも下で、 
お客さんは相当がんばって上を見上げなくてはなりません。今夜は二階も一階もぎっしり満員でした。 
ぼくとユミはライブが終わってから品川行の最終の特急で横浜に戻る予定だったので、お店のマスターには 
挨拶をする時間もありませんでした。 
鮎川くんや三宅くんはもう少し店に残ってからそれぞれの車で東京に帰ったそうです。 

2月9日(土)「いわき市 SONIC」

札幌、函館に続いて、3KINGSの3日間のツアー初日はいわきのSONICでした。
鮎川くんや三宅くんは車で、ぼくとユミは常磐線でいわきへ。
雪の予報でしたが歩道に少し積もる程度でした。
日曜日のいわきマラソンは中止になったそうですが、ぼくたちのライブは予定通り。
たくさんの人が聞きに来てくれました。
SONICは好きなだけ音が出せる場所で、3KINGSのライブ会場としてはぴったり。ユミも今までで
一番音が大きいと言っていました。毎日少しずつ新しいアルバムからの新曲をライブでやっています。
鮎川くんも「10回のリハーサルよりも1回の本番」と楽しそうです。

2月7日(木)「矢野誠ソロ」

矢野誠さんとひらたよーこさんと久しぶりにライブをしました。
矢野さんのピアノソロは一部に3曲、二部に1曲。左手が床を踏むダンサーの足のように力強く、自然に
聞き手の体も揺れます。
一部は「雲のタクシー」の中のいくつかを矢野さんがひらたよーこさんの歌で演奏し、二部にぼくが
矢野さんやひらたさんと演奏しました。
矢野さんから「おすもうの歌」をやりたいと言われたときにはこの歌のことをすっかり忘れていたけど、 
これはおもしろい曲でした。アルバム未収録でおもしろい曲がいくつもあります。 
アンコールに「夕日の町から」をやり、二回目のアンコールではもう準備した曲がなかったので 
「花」をもう一度歌いました。この曲は何回演奏しても好きです。 

2月4日(月) 「コスタリカの奇跡」 

そういえば先週シネマリンで見た映画のことを書き損ねたので書きます。
コスタリカには軍隊がないということは聞いていましたが、ちょうど横浜のシネマリンで
上映されていたのでユミと見に行きました。
実際にそんなことが可能なのか、ということで「コスタリカの奇跡」というタイトルが
ついたと思うのですが、原題は「Bold Peace」、平和は無敵、というようなことです。
実現してみれば軍隊を持たない平和は、小さな軍隊があってアメリカに頼る平和より無敵だ
ということがわかります。
ただそれには指導者の強い信念と国民の理解が必要で、それまでの軍事予算を教育と医療に使い、
国家を70年も維持してきたことはやはり奇跡かもしれません。

2月3日(日)「函館」

今日は帰る日ですが函館からの最終便を予約していたので、太田さんに一日函館を案内してもらいました。 
五稜郭の「あじたか」のラーメンをみんなで食べたあと、ロープウェイで函館山に上りました。 
函館に来ると誰もがまずこの山の頂上から函館の街を眺めます。 
夜景が有名だけど、夜だと見えないものが昼間は見えて、作者は同じでも別のもう一枚の絵を発見した 
ような喜びがあります。 
元町周辺を車で巡り、太田さんのカフェ「やまじょう」で3KINGSのアルバムをいい音で聞きながら 
コーヒーを飲みました。 
非常に濃い3KINGS初めての北海道ツアーでした。 

2月2日(土)「函館 3KINGS 」 

函館は生まれて初めて来たという鮎川くん、それを聞いて主催の太田さんは特別に張り切った 
と思います。会場は足の踏み場もないほどのお客さんでいっぱいになりました。 
なかなか事前にリハーサルの時間も取れないので、新作の曲を毎回のライブで少しずつ入れ替えて 
演奏していけば、新曲をどれもなめらかに演奏できるようになるのではないかと思っています。 
函館のお客さんはとてもピュアでした。ロックにありがちな形式的な聞き方はみじんもなく、 
ただ感情と肉体がバランスよく音楽と密着した感じでした。 

2月1日(金)「札幌 3KINGS 」 

札幌のベッシーホールで3KINGSのライブがありました。 
この日から新譜『王様のノイズ』の先行発売が始まって、出来立てのアルバムを手にした 
札幌のお客さんたちはラッキーだったと思います。(このアルバムの正式な発売日は3月13日。) 
ぼくも今朝羽田空港で初めて手にして、さっそく飛行機の中で初試聴。 
今夜はこのアルバムから初めて新曲を6曲も演奏しました。 
今まではライブ盤の中の曲を元に演奏してきた3KINGSの表現の幅が一挙に広がった気分です。 
今夜の札幌は吹雪でしたが、ベッシーホールは満員のお客さんでした。 
東京から同行しているPAの佐久間くんが靴にはめるすべり止めをぼくとユミの分まで用意して 
くれていたので、凍った道も怖がらず歩くことができます。

1月27日(日)「句会」 

火星の庭で新年の句会がありました。 
句会は投句の場ですが、お酒を飲んだりおいしいものを食べたりする場でもあります。 
毎回みんなが持ち寄る食べ物やお酒には特別に力がはいります。 
主宰の渡辺さんも、食べ物がこの句会の魅力でもあると言っていました。 
火星の庭俳句会の基本は楽しむことにあって、俳句は作る楽しみの場を提供してくれます。 

1月25日(金)「仙台の街角から」

ユミのインフルも良くなったので昨日からぼくたちは仙台にやってきました。 
仙台は寒波で結構冷え込んでいます。 
今年から隔月で始まったぼくの定期ライブ「仙台の街角から」の1回目が仙台のSendai Koffeeで 
ありました。ゲストは東京ローカル・ホンクの木下弦二くん。 
ぼくの「クレーン」というアルバムは全曲東京ローカル・ホンクと録音していて、その次の 
「ぼくの田舎」でも4曲参加してもらったので、今日は主にその2枚のアルバムから全部で7曲を 
一緒に演奏しました。 
弦二くんはソロで6曲歌い、どの曲も弦二くんの身の回りから生まれた曲ばかりで、情景が一つ一つ 
歌の中に座り込んでいてどれもこれからもずっと聞き続けたい歌ばかりでした。 
ぼくが今日ソロで歌った新しい歌は「1月1日午後1時、高橋さん」という歌で、これは1月1日に 
亡くなったぼくの古い友達、盛岡の喫茶店クラムボンのマスターのことを歌った歌でした。 
初めて自分の歌う場所を一か所に定めて歌っていく企画で、楽しみです。 

1月21日(月)「インフルエンザA型」

昨夜遅くからから発熱していたユミ、病院へ行ってみるとインフルエンザA型でした。ぼくの咳の風邪もまだ 
完全には治っていなくて、この1月は二人とも風邪にやられてしまいました。 
インフルはとてもしんどいみたいで、布団から出てこられないユミですが、今度仙台のライブまでには 
回復していて欲しいです。 

1月20日(日)「三崎港」 

一穂と妻のひかりさんとユミと4人で三崎港に遊びに行きました。 
三崎港ではつい2週間前に七尾旅人くんとライブをしたばかり。 
そのときの主催者の藤沢くんがぼくたちを待っていてくれました。 
着いたらすぐに「まるいち食堂」のまぐろ三種盛り定食と、藤沢くんが注文してくれたダツやめといかでお昼。 
「本と屯」で本を読みながらコーヒー。ミサキドーナツでドーナツを買って、「ミサキプレッソ」で 
藤沢くんとワインやコーヒーを飲みながら食べました。 
ミサキドーナツは揚げてあるのにふっくらとしていておいしい。 
「まるいち」「本と屯」「ミサキドーナツ」「ミサキプレッソ」と町の要所を全部歩いても半径30メートルばかり。 
この小ささがおもしろい。一穂が「かわいらしい町だな」と言っていました。 
藤沢くんがかもめ児童合唱団を録音している彼のスタジオを最後に見学して夕暮れの三崎港を後にしました。

1月18日(金)「名古屋 得三」 

ふちがみとふなとの「みっちり2days」の二日目でした。 
得三に入って行くとふちがみさんがいて、風邪で一日目の昨日は声が出なかったとか。 
今日は少しましだけど、リハーサルは短めにしてほしいと言われました。 
ぼくも6日のミサキドーナツではじめ声が出なかったのでつらいのはよくわかります。 
ふちがみさんはリハーサルでは出ていたのに本番で声があまり出なくなってしまいました。
 
演奏中は気が付かなかったけど、後でユミが撮った動画を見たら、つらい状態なのに
 自分のパートは普段通りちゃんとこなしているのがわかって、感心してしまいました。
 今日は「ブルース」でも船戸くんが自分からコーラスに参加していて、ふちがみさんの体調の
 ことはあったけど、楽しいことの多いライブでした。 

1月6日(日)三浦市三崎港「ミサキドーナツ」 

今年初めてのライブは、七尾旅人くんと三崎港の「ミサキドーナツ」でした。 
京急三崎口駅で主催の藤沢さんと待ち合わせて、車で三崎港の港や市街地を案内してもらいました。 
三崎港はまぐろで知られているんだそうです。 
藤沢さんとはもう40年ほど前に知り合ったのですが、音楽業界にいると思っていたら、いつの間にか 
三崎港でドーナツ屋さんをやっていました。ライブはミサキドーナツの二階のカフェで。
  
特別ゲストで最初に地元のかもめ児童合唱団が歌ってくれました。 
聞きたかった子供たちの歌がついに聞けました。聞くことがうれしいこと、という直な感じでした。 
「朝は詩人」、歌ってくれてうれしかったな。アルバム発売が待ち遠しいです。 
七尾旅人くんは今日は立って演奏しました。ステージがフラットなので座ると見えないからです。 
立ってギターを弾くと弾けない曲もあると言っていました。 
ぼくは元旦から扁桃腺が痛くなって徐々に咳が止まらなくなり、普段は行かない医者に行って 
無理やり治そうとしたのですが、やはりまだだめで、歌い始めは声が不安定で困りました。 
でも微妙なバランスがわかってきて、旅人くんとのアンコールではノーマイクで普通に歌うことが
できました。普通に歌えることの喜び。
  
藤沢さんの奥さんの京子さんが作っているミサキドーナッツはやわらかくてとてもおいしかった。 
そしてやはり三崎の刺身は格別でした。